わたしと、私。

日常生活で気づいたことをとりあえず書いてみています。

自信がつく努力の仕方

昨日、久々にめちゃくちゃ自分を

褒めまくった笑笑



いま、実はある資格取得を目指していて、

そこに提出する課題を書いていたのだ。




で、その課題がなかなか小難しくて、

2回くらい文章考えたけど、

なんだかしっくりこなくて、

ついに昨日、その課題を書き終えた!!!





それがなんだか、

書いてる間は、しんどくて、つらい。




でも、書き終えたら、

絶対アマゾンでワンピースの映画見よ!!!

とか考えて終わった瞬間、




すっごい充実感とともに、

自分を褒めまくった笑笑


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なんであんなに嬉しかったんだろうって、

課題はしんどいし嫌だけど、

納得いくものになったし、

わたしの書きたいものはこれだ!!!

って妥協とかなかったから。




わたし、お勉強は、全くダメで、

子供の時から人一倍頑張ってきたけど、

あんまり勉強から自信がついたとか

なかった。




でも、看護師の勉強とかや、

今の課題をやり遂げて、




「わたしは、勉強が好きじゃなかったけど、興味のある勉強なら、つらくてもできる」




って思った。




子どもの頃の勉強は、

母や、周りに認められるためだけに

頑張ってきた勉強だったから、

自信もいつまでたってもつかないし、

自分で自分を褒められないんだって。



もっと頑張らなきゃ!って思っていい結果もでなかったけど、

人から「これをするといいよ。」と言われて

あわないのに、無理に努力してるんだもん。

自信がつかなくて当たり前だ。




久々にたった4時間くらいだったけど、

充実感ある時間を過ごせて、なんかわかった。


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自信がつく努力の仕方って、

自分が決めて課した課題をこなすことや、

自分が納得したものをまずはつくること。




それが他人に認められるかどうかはどうでもよくて、まずは、納得できるものをつくる。




そこからダメなら、ただ単純に

やり方や、内容を修正して、

よりいいものを目指せばいいね。



大切なものを断捨離した結果

ずっとずっと半年くらい、自炊をしなかったら、

なんと6キロも太ってしまいました笑

 

 

夜勤専属で自律神経が乱れていることに加え、

自分でもストレスがかなり溜まっていたのだと思う。

 

 

 

ストレスの原因は、人を優先しすぎたこと。

 

わたしの場合は、仕事もどちらかというと神経をすり減る仕事なので、

あまりに仕事以上に、ストレスをためると、

はっきり言って、腐っていきます笑

 

 

このバランスがわたしにとってはかなり難しいのですが、

カウンセリングを受けてから、揺り戻しはあったものの、

結構自分が嫌だなと思うことに敏感になった・・・

 

 

というより、我慢することに、敏感になったんだと思います。

 

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最近、人相学をみても、

上唇が薄いわたしは、我慢している傾向にあるんだなと笑

 

おもしろいので興味があるひとはチェックしてみてね(*^^*)

 

 

そんなこんなで、最近、携帯から、色々断捨離していきました。

洋服やモノは一度断捨離してからは、

必要最低限のものしかないので少ししかないのだけれども、

 

 

わたしにとって「人」はとっても大切にしているので、

関わりを断つことは、すっごく勇気がいります。

 

 

自分の傾向として、

ひと目がまだまだ気になるし、

やっぱ人に気を遣いすぎると自己犠牲に傾くからです。

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じぶんの時間を大切にしてない罪悪感より、

常に人のために何かをしていない自分のほうが罪悪感を感じると

どんどん感覚が麻痺してしまう。それは、どっかで癖でじぶんを殺してしまうから

だと思う。そっちのほうが今までは楽だったからね。

だからその長年の癖はまだまだすぐには治らないけど、

こうやって時間をかけて変化していけばいいのだ。

 

 

 

最近は食べたいものもわからなくなるくらい麻痺していたので、

ほんとやばかったです。

 

 

でも、このような人との関わりから、

大切にしたいものがすごくクリアになってきていて、

 

 

ずっと大事にしたいと思っていたけど、

時間がたつと、大事にしたいものって変わってくるんだなって。

 

 

 

でも、やっぱり大事なことは「今」じぶんが何を大切にしたいのかなんだと思う。

 

 

どれだけ罪悪感に溢れても、やっぱりその時その瞬間に感じる

「大事にしたいもの」を大切にすればいいんだと思う。

 

 

なんかすっごく気持ちは自由になりました。

 

 

少しづつあったしがらみとか、そういうのももういらない。

 

 

なんでここまでそう思えたかって、

もし、数日後に事故で死んだと仮定して、

 

 

自分はどっちが「ああしとけばよかった」って言い訳せず思えるのかなって

考えたら、やっぱりこっちなんだよね。

 

 

どれだけ感謝しても、どれだけ愛情をもってしても

伝わらないこともあるし、

それに対して思い通りにならなかったりイライラすることもある。

 

 

でも、今の自分が受け入れれないのなら、

受け入れようと努力するしても無理で、それがストレスなら、

もう離れて楽になったほうがいい。

 

 

あとでああすればよかったって思うかもしれないけど、

やっぱそれも「いま」は無理なんだよね。

 

 

単純に今までは努力不足で自分ができなくてせめる感覚があったけど、

多分それは努力不足でもなんでもなくて、

ただの今のじぶんにとっての「限界」なだけで、それは「最善」なんだと思う。

 

 

それでいい。し、別にまた変化したいときに変化すればいいのだと思う。

 

 

てことで、さっそく揚げ物減らして、

1日1食から、自炊スタートしよう笑

 

trendnews1.com

満員電車が苦痛で仕方ない理由

こんばんわ。

 

最近はあんまりなーんにもせず、自宅でゆったりと過ごしています。

 

 

と書くとなんとなく、時間にゆとりがある感じですが、

なんとなく外に出たくなくて自宅にいる時間が多いだけです。

 

 

そういえば、しばらくブログのみでfacebookの更新はいままで以上に控えることに

決めました。

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今日は久しぶりに満員電車に乗車しましたが、

わたし、好きじゃないんです。満員電車。

 

 

今までもなんとなく人がたくさんいるのが嫌で、息苦しかったんですよね。

 

 

まあ、カップルがイチャイチャしていたら、うざくも感じるし、

単に羨ましさから来る寂しさも感じましたが、

今日はそんな感じじゃありませんでした。

 

 

何がそんなに嫌だったんだろうって、

人が多い中にいる1人ぼっち感が寂しいとかより、

 

 

人がたくさんいる中で、

「人と一緒にいなければいけない」という窮屈な感じがとても苦痛に感じました。

 

 

それを感じないようにするために、無表情で電車に乗っていました笑

 

 

そして、他の電車の車内から、たくさん人が出て来るのをみて、

なんだか心のどこかで「じぶんはこの中に埋もれたくない」ってゆう

根拠もない特別感みたいな気持ちも出てきて。

 

 

これって不思議だなーって。

だって、ときに満員電車はたくさんの人の中にいる安心感もあるし、

今回のような煩わしさも感じたり、孤独感を感じたりもする。

 

 

ほんとつくづく「自分」って勝手なんだなーって思う。

 

 

まあこれが私なので仕方ないけど。

 

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最近こう感じるようになった理由が、

私自身が「友達」について考えるようになったから。

 

 

その中で、プライベートの私にはいい意味で仲間はいらないんだと思う。

わたしのプライベートの空間には「仕事」はないから。

 

 

この「プライベート」の時間の中に、仲間を入れると

自分の中のスペースに安心できたりホッとする時間がなくなってしまう。

 

 

きっと友達の定義って人それぞれなんだけど、

わたしの中では「友達」と「仲間」というのは明らかに違う。

 

 

友達は

利害関係など存在せず、連絡を何年もしていなくても、

なんとなく連絡がないことは元気でやってるってことなんだろう。って思える存在で。

立場や条件は、何もつかない関係。

 

 

 

仲間というのは

同じ目標に向かって歩んでいく同志みたいなもので

それは友人とは違い、お互いのスキルなどを認め合いつつ

利害関係も生まれる関係。

そこには信頼感はあるが決して友人ではないので

いい意味でプライベートに踏み込まない割り切った信頼する関係。

わたしの仕事は看護師であり、

結局は、そこがわたしの仲間であり、責任や利害関係が生まれる場所です。

 

 

ただ、これはわたしの考える関係だけであるけれども・・・

 

 

ただ、思ったのは今の自分の時間てどちらかというと圧倒的に

プライベートの時間が多くて。

 

 

じゃあ自分はその中で、どうやっていたいんだろうって

考えたとき、

 

 

やっぱどこかで、なんとなく人に合わせる時間より、

自分を必要としてくれて、理解しあえる関係を築ける人と

一緒にいたいなって。

 

 

多分今は1人でいることを試したい時期なのかもしれない。

 

 

今のわたしには、

ホッとする時間を過ごせないのなら、

気を遣うような場所や関係は逆に孤独感を増すことにもなるから

必要な時間ではないのだなと思う。

 

 

 

疲れているのかもしれないけど。

 

 

でもきっと寂しくなったら、また人に囲まれていたいとか

思うんだろうな・・・笑

 

 

まあ、そのくらい本当にわたしは勝手な生き物だってことです。

自分にとっての「正しさ」とは?

昨日からずっとずっと、
モヤモヤしていて、それが何なのかって、
吐き出して整理するために、
ちょっと書いてみます。



人に頼ることが以前からずっと苦手で、
今も苦手です。



それは何でかって、
私にとってどんな時に「頼っているか?」って、
いままでは、何か自分で決めなきゃいけない時だったりする。



人に聞いて決めることが当たり前だったし、
その方が「正しい」ってずっと思ってた。


恥ずかしいけど、いわゆる依存するのが当たり前だった。



じゃあ「正しさ」ってなんだろうって
考えたとき、


私にとっての正しさは、
周りに確認することで、
自分の人生や考え方は大多数の側である証明をして、安心感を得ていたんだと思う。



つまり、私にとっては、
正しさ=安心感であり、
それが当たり前だった。

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家族や、大切な人に対しては、
失う恐怖や、嫌われるのを怖がっているから
これでいいのか不安になって、
正しさ(=安心感)を確かめて求めるから、
特に言葉を選んだり、
周りにアドバイスをつい求めてしまいがちになる。



ただ、その「気遣い」は、相手からみたら、
ただの顔色を伺う行為であり、
これは、
相手の主張することに
私の気持ちを相手に合わせることで、
自分をなくしているので、
いつの間にかつらくなる。
相手からしても、
決断を毎回委ねられているようで、重たくなる。これは、頼るではなく、依存。



だからこそ、私にとっては、
「頼る」ということは、「依存してないか」
結構手探り状態で、いつも
「正しさ」を求めていないか?
相手に決断を委ねていないか?



が、「正しさ」を基準にしてきた
私にとっては、
すごく難しくて怖かったりする。



「依存」なのか。「頼る」なのか。



ただ、最近、昨日の件を含めて、
自分が相手に嫌われてでも、
今さらと思われても、
少しずつ、自分の本心を自分なりに
伝えることにしていて。



それをやっていくうちに、
相手の反応から、これは「依存」だった。


とか、これは頼ったんだな。と
判断できるようになってきた。


それは、悲しかったり、嬉しかったり、ショックだったり、感情が、ゆさぶられる度に、
なんでなのかまた考える機会にもなるから。



「依存だった!」は、
いわゆる今までの私からみたら
「正しくないこと」なので、
「失敗した」になるんだけど、
結果、経験になっている部分がかなり大きい。


この本心を伝える度に、
毎回、嫌われるか?
そのリスクを背負ってまで言うか?
という葛藤に悩まされる。


他人からみたら、
こんなことで?とか、今さら?
って思うようなことなんだけど笑笑



ただ、やっていくうちに、
やっぱ我慢して溜め込んだツケだなと
感じるし、
つくづく本当に「我慢したから」、
一回に話す量も決断も大きくなるんだなと。



いや、我慢したから自分が大きくしてしまったんだけどね。



ただ、
やっぱりやってみないとわからないし、
やっていくと、
自分の事を、客観視できるように少しずつなってきた。



大事にしたいことが明確化されたり、
いつの間にか、こうやって我慢してるよ。っていうのが「モヤモヤ」という違和感
であらわれて。


いままでもやってたつもりだけど、
あとで。みたいに、
思っていた以上にスルーしてたから、
この違和感を無視した形になってたんだけど。


ここ半年くらいで、
「いま」感じていることをどうしたいのか?を少しずつ優先するうちに、



空気を読むことを諦めたり、
時には相手がどう受け取るか?を無視している状況になる。



だけど、
これも全部、失敗だけじゃないし
失敗してても経験になるから、
やっぱり、こうやって、
ビクビクしながら少しずつ前に進むしかないんだと。



自分がいまどうしたいか?を決めるのは、
めちゃくちゃ毎回覚悟や勇気がいる。



特にこれは毎回、
おおげさに聞こえるかもだけど、
自分が傷つく覚悟とか失う覚悟がいる。



それを背負ってまで自分の本心を大事にしたいのか、
相手に合わせて自分を押し殺すのか?
って、毎回問われる。



ただ、これで死んだことは一度もないし、
結局は、やらない後悔の方が強く私は残ることに気付いたので、
きっと今後も、不器用だけど、
気付いた時点で、
もう本当にこうやって地道に少しずつ毎回勇気だして軌道修正したり、擦り合わせていくしかない。

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正しさで、答えを求めているときは、
安心したいんだと自覚して、



自分に対し、
私は、大丈夫だから。と言い聞かせつつ
本心は何だろう?と
問いかけながら、やっぱ最善をとっていくしかない。


依存⇄自立を繰り返しながら、自立してくしかない。

情けなくて、絶望した日。

今日は、悲しいことがあり、

たくさん泣きました。




自分の言いたいことも言えて、

相手の方も、私自身にきちんと話を

して下さる中で、




いつのまにか自分にとって大事な存在だから

相手にも、自分を特別に扱ってほしい。




ってどこかで考えていたんだなと。




コミュニケーションを取る中で、

本心でぶつかって来てくれて、

その人が、

ただひたすら、自分のしたいことを

純粋に選んで必死になってる姿を

感じて、




自分、何やってんだ。

って絶望した。




心から感謝しかない。




自分なりに応援してたつもりが、

いつの間にか、

何もやらず、外野で見てるだけなのに、

さらに相手の立場も考えずに

時間を奪おうとしていた。




相手はとても目の前のことに

必死に取り組んでいるのに、




ただ何もせず傍観者の自分が

あーだこーだ言って。




何してるんだろ、わたし。

って情けなくなった。





相手から「何してる?会いたい!」って

言われる自分になれるよう、




改めて、自分が決めたしたいことに

必死で頑張ろうと決めた。


憤りを感じています。

先日、知り合いが、あるブログで

サービスを受けたこともない人から

色々言われる悲しいことがありました。




それだけ、すごく有名になり、周りからみたら幸せに見えるのだなあと。





拝見させていただきましたが、

相手のサービスを受けたこともなく、

SNSで、月商100万以上稼いだことがない方

なのかな?と推測させていただきました。




単にSNSの発信だけをみて判断するというのは、表面だけしか見てないのだな。




と、残念に感じます。





いわゆるSNS起業をした方たちは、

見た目は、キラキラしてるかもしれませんが、

文章を書くにしろ、

色々なブログを研究したり、

ビジネスの勉強をしたりして、

その地道な努力は、SNSの投稿からは

見えません。



知り合いの他のSNS起業家の方も、

有名ブロガーさんの記事を隈なく研究して、

ブログを100も、ストックしたり、



1日数記事を書くことを何ヶ月か

自分に課したり、



そんな努力、わたしには絶対にできません。



ご両親のため、お子さんのために、

一生懸命に自分が何かのカタチで

お金を稼ぎたいって、

それぞれの事情を抱えてうまくいかないときだってありながら、頑張ってるんだと

思うんです。




たくさんのSNS起業をされている方は、

見た目はキラキラしてるかもですが、

言わないだけで、

色々な経験や思いを乗り越えて今があるんだと思うし、




有名な方は尚更のこと、

ラクにそんなに有名になったのではないんですよね。




それぞれ抱えている事情だってある。




そして、

自己開示をするかどうかは、

他人が決めることではなく、

本人が決めることです。

タイミングや、ご本人の気持ちの状態だってあると思います。




わたしが受けたファッションコンサルの方は、大学もお洋服に携わる所を専攻していて、


洋服の生地についても研究をされていた方です。




アパレルにも長年携わっていて、

単に好きだけじゃなく、

色々と好きなことを研究し、携わったからこその葛藤を経て、今のお仕事のかたちとなっているんです。




自分がおかしいと

思ったことは、声に出すのは大事だと

思います。




だけど、他人からの口コミからだけで、

その人のブログや発信を中身を見て知ろうとしたわけでもなく、




つまり、相手を知る努力もしていないのに、

「素人」と発言していたり、

中傷することには、とても残念だなと思います。





「その人自身」を見ようとせずに、

一方的に、相手を傷つけるような

記事を書くのは、

わたし個人としては、

相手を見下す行為にもあたると思います。


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そして、消費者である側は、

自分の見る目を磨き、

たくさんの情報から見極める力も必要だなと

思います。




人それぞれ、惹かれるものや、

いいと思うものは違うし、

価値だって違う。





何にお金を支払うのかというのは、

個人の自由だからこそ、

大切なお金を支払うのならば、

自分の責任で支払うこと。



おかしいなと感じたならば、

サービスを受けないなり、

サービスを受けた方に違和感を伝えるなど、

自分自身で行動を起こすことが大切なんだと思います。





わざわざブログで色々なキラキラ女子を

取り上げて批判するのは、

ただの宣伝なので、




イライラするならそもそも

それを見なきゃいいと思います。







わたしも、何クソー!!!

と腹をたてることや、イライラすることあります。




ただ、相手には、相手なりの事情があることは頭にありますので、

冷静になり、伝えるだけです。




ましてや、意見交換なら、

傷つける必要はありません。




そして、年月を経て、

「大事にしたいこと。大事にしたいもの。」

は、失敗や経験を経て、

変化していくものであると

私個人は思います。




わたし自身だって、1年前と今では、

考え方が変わっているからです。




批判するならば、まずは相手を表面でみていないか、自分を顧みて、冷静になりたいものです。




私にとっては、大切な友人です。

そして、その方にも、大切な人や物があるはず。

大切な家族や友人を、

何も接点のない他人に色々言われることは、

傷つけられるのは、いやじゃないのでしょうか。 




自分に色々「正しさ」や「正義」があるように、 

相手にも、自分と同じように、「正しさ」がある。 

言葉って、特に大人の場合、

いい意味でも、悪い意味でも、

嘘を孕んでる場合も多い。


それは見栄とかだけじゃなく、

触れられたくない部分や、

相手への気遣いだってある。






お相手の方にも、

きっと何か思うところがあり発信されたと思いますし、

何か引っかかるものがあるのだと思います。




ただ、大切な友人を傷つけられることは、

わたしが、すごく嫌でした。




だからこそ、わたし自身も、

発信する立場として、

想像力を働かせて、発信していきたいと

強く感じました。



 


いいファッションコンサルタントの選び方

今日はファッションコンサルを受けました。

 

洋服っていくつになってもわたしは女性なので、

かわいいリボンとか、フルフリのひらひらのモノに目を奪われます。

 

35才ですが、いくつになっても「かわいいなあ」と思う。

女の子の遺伝子が自分の中にはあることをお洋服は感じます。

 

やっぱ、女性はいつまでも、女の子でいたい願望が心の中であるのでしょうか(*^^*)

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何人か今までファッションコンサルを受けましたが、

人それぞれ好みはあると思います。

 

 

今日は、いいファッションコンサルタントの見分け方について

わたしなりに分析してみました。

 

 

 

 

1、ファッションコンサルタントの利用する目的は?

なぜファッションコンサルを受けたいと思ったのでしょう?

わたしの場合は、お洋服を選ぶのが苦手。いつも同じ素材・形のものを選んでしまう。

 

そんなのがなんとなく嫌で利用しています。

 

どんな目的で自分が利用したいのか?をはっきりさせれば

普段着ないような形のお洋服を勧められてもスムーズに試着しようと

前向きになれるし、

 

試着して新たな自分を見つけれて、楽しいお買い物になるはずです(*^^*)

 

どうしてファッションコンサルタントを利用したいか?は明確にしておくといいと思います(*^^*)

 

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2、自分にとって信頼できるファッションコンサルタントか?を見極める。

・同じ店ばかりを選ばない。

 

→お洋服が一定になりやすい。楽しくないことが多かったです。

自宅で同じような色や形のお洋服ばかりのクローゼットをみても、心がときめきません。すると洋服を着ないようになりました。

個人個人でどんな人でも、似ていても、やはり違った「人」なんです。

そこを尊重してくれる人をオススメ。

 

・個性を尊重してくれる。(できたら骨格診断をベースに加え、その人独特の体の)

→骨格診断はあくまでベースなのかな。

同じ骨格診断を受けたひとでも、個人で似合うお洋服の質感は違う。

色とか骨格とかだけのノウハウだけで見ない人。

 

・コンサル前の質問は自分の普段の生活に反映されているか?

洋服は「毎日」着るものです。毎日です。

それが、体型にあう「だけ」のものなら、別に雑誌の特集をみて選べます。

なので、自分の生活習慣。つまり、仕事ではどんな格好が望ましいか?のTPO以外にも、洗濯の頻度や、自分のめんどくさがりな性格かなど、

いかに個人の情報に興味を持ち知ろうとしているか?

また、それがどう反映されているかをコンサル時に確認してみてください。

事前のアンケートの質問が細かく、当日覚えて下さっているか?とか。

 

・もし1度利用したことがあるなら、購入した洋服はどのくらいの頻度で使用しているか?

選んでもらったお洋服をあまり着ないのなら、次回もそうなる可能性が高いです。

時々太ったから骨格が違うようになったとか話す人もいるけど、

それはプロではないと思います。

なんのための骨格診断なのかももはやわかりません。

 

・威圧的ではないか?

これはもう説明するまでもないですが、NOと自分んが言えないコンサルタントはおすすめできません。

だって、お洋服を選ぶのは「あなた」自身です。

自分の希望を伝えられ、それを尊重してくれるコンサルタント

あなた自身が「心から納得して」お洋服を購入できるコンサルタントをオススメします。

 

・トップスとボトムスの組み合わせが豊富に提供される。

買ったお洋服を着る上でいつも悩むのは「着回し力」ではありませんか?

雑誌にはいつも数着のお洋服と着まわし方が掲載されている印象があります。

自分の大切なお金です。予算内でかつ満足感があるお洋服の提供がいかにされたか?

高くても、1つの組み合わせしかできない・・・のは

残念すぎます。

 

 

ちなみにわたしが利用している小鳥遊みどりさんは、

きちんと感の出るお洋服で、かわいらしい服で、さらにデニムにもあって、

体型もカバーできて、自宅にある手持ちのお洋服にあうもの。

 

とオーダーしたところ、見事に購入したトップスがデニムを履いたときにも

気になるお腹はうまくカバーしていて、かつ、楽できちんと感が出ていて、どのボトムにもなんと見事にすべてのトップスがあう。

しかも、お店で選んだときはデニムを履いてなくさらに試着時もトップスはINしていたんです。

なので自宅に帰ってデニムにあわせたときに、体型がすべて体型がきれいに見えるものでびっくりしました。

midori32.hatenablog.com

 

・「痩せたら」着たいお洋服より、

「今でもきれいに見えるけど、もっと素敵に着こなしたい」と思えるお洋服を選ぼう。

 

やっぱりお洋服は女の子を幸せにしてくれるもの。

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勧められたから買った。とか、

洋服の値段、ちょっと無理をして買った。とか、

少しサイズ感きついけど、痩せたら・・・とかで購入するのはとってももったいないし、幸せも半減してしまう。

 

 

そして、たらればは、やっぱなかなか実現しずらい。

でも、今の体型にも素敵だけど、少し痩せたらもっと可愛くきれるなあ・・

と思えるお洋服なら、きっと無理なくダイエットも進むはず。

 

 

そして「今のわたし」が好き!と思えるお洋服を毎日着ることは

じぶんを好きになることにもつながります(*^^*)

 

今も好きだけどもっと好きになるために痩せたい、のほうが

とっても毎日気持ちいい。

 

・じぶんのクライアントの批判や悪口を言わない。

→これも大事。自分のお客様をどれだけ大切にしているかは、さりげない言葉や態度に出ると思います。

一流のホテルやレストランに行って、スタッフがお客様の悪口をしているところを聞いたことがありますか?多分ないのではないでしょうか?

 

同業者同士のクローズドの中でならわかります。でも、お客様の前で他のお客様の

批判や悪口を聞くと自分も言われるのかなと単純に不安になりますし、

聞いていて気持ちいいものではありません。

 

 

 

 

3、最後に

仕事の姿勢というのは、その人の発信する

言葉や、会ったときの姿勢に現れると思います。

 

自分はどんな目的でお洋服を購入したいのか?を考えて

受けるのが一番だと思います。

 

 

誰でもいいけどプチプラがほしい。のなら、どのコンサルタントでもいいかもしれません。

 

ただ、せっかく「お金を支払う」のなら、

好きだけでやっているのではなくプロとして柔軟に対応できる人。

心から仕事を好きと感じる人のほうが気持ちよく支払いたくなりませんか?

 

 

得意なことでも、好きなことでも、

イチローが話していたように、

本気で好きで仕事している人って、多分興味を持つからこそ、

結局、興味を持っていたらいつの間にか深く

「研究している」ことが多くなっているのかなと思います。

 

 

一時的に洋服を使用したいのなら、わたしはレンタルで十分だし、

店員さんに相談でいいと思います。

 

 

わたしなら、

毎日お洋服は着るもので、

着ていて着心地がよく、

持っているお洋服にあい、カジュアルにも、きちんとした場所でも

使用できる。自分らしさがある。

そして、そのお洋服を着ている自分が素敵だなとか感じられる。

だから長く大切に使っていきたい。

そんなお洋服をわたしなら、着たいし選んでもらいたいです。

 

 

おしゃれなら、自分が着て納得したり、友達と買い物したりすればいいけど

プロならば、お客さんの体型が変わろうが、似合うお洋服を提供できてほしいし、

肌の色、生活習慣、シーン、洗濯の好み、保存の仕方、性格など

様々な角度から、見れるコンサルタントをわたしなら選びたい。

 

そのくらい自分にも興味を持ってほしいし大切に扱ってほしいんだと思います。

 

 

お寿司屋さんでも、のれんの出ていない予約のみのお寿司屋さんを

訪ねたことがあります。

 

そこは、お客様の細かい部分まで配慮してくださり、あたたかさもあり、

お寿司の腕ももちろんのこと、

長年自分のやってきた仕事に傲ることもなく、謙虚に対応してくださり

ただひたすらお寿司のことを楽しそうに話していることが

とても印象的でした。

 

 

食べているこちらも、おいしいだけではなく

心から心地いい、気持ちいい食事の空間を過ごせたのです。

お風呂のお湯に浸っているような感覚と、

あっという間に時間が過ぎてしまうような楽しい時間。

 

 

それは、お寿司を握ることに対して、いつも誠実に

つらいときも、嬉しいときも、向き合ってきたのだな・・とわかる

心のあるものでした。

 

また来たい。紹介したい。

 

 

ずっと何年もたまにご褒美として来たい。

 

そう思えるお寿司屋さんはそんなに多くはないと思います。

そんなお寿司屋さんだからこそ、

何十年もお客様を本当の意味で大切にしていて、

お店が長く繁盛する理由なのではないでしょうか?

 

 

わたしはそういう仕事の仕方をしている人にお金を気持ちよく払いたいなと

感じます。

 

素敵なお洋服で毎日が幸せに過ごせますように(*^^*)