わたしと、私。

日常生活で気づいたことをとりあえず書いてみています。

実は、カウンセリングを受けました。

実はわたしは年明けからカウンセリングを受けています。

 

「カウンセリングを受ける」ということは、

わたしの中ではとっても勇気が入りました。

これを告白することも。

 

 

医療者のわたしの目からみても、カウンセリングのイメージは

「心に問題がある人」という位置づけだったからです。

(それは大きな間違いで、

ただ個人が問題として感じていることなのだなと今では思います)

 

 

だから、カウンセリングを受ける=自分が心に問題があるかもしれない

と受け入れることはとっても抵抗があったので、

周りに話すにもとても勇気が入りました。

 

 

あとは、周りから問題がある人。と思われるのは

とても抵抗がありました。

 

 

日本は先進国の中でも遅れていて、実は欧米では、

カウンセリングを受けるということは

ごく珍しいことではありません。

もっと敷居も低いもので自分を語るという場所はとても大切にされているようです。

 

 

お国柄もあり、人と違うことに抵抗がある日本人ならではなのかな?

と個人的には感じることもあります。

 

 

結論からいうと、わたしの場合、カウンセリングを受けて、

何年もかかっていた悩みはたったの1ヶ月半で解決しました。

 

 

「解決した」というよりも、

「自分で答えが出せた」と言ったほうが正しいかもしれません。

 

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わたしは今まで人間関係に長年悩んできましたが、

その中で、どうしたら自分が、気持ちが楽に楽しく生きていけるかを

ずっとずっと模索していました。

 

 

ただ、友人に話しても、アドバイスをもらうけど

自分ではしっくりこないと感じたり、

自分の考えや、今までそこまでに至る経緯や自分にしかわからない

苦しさとかを否定されたと感じることが多くありました。

 

 

一方、自己啓発などで、

「あなたは自分で素晴らしい」「じぶんのありのままを受け止めよう」などは、

どこかしっくりきませんでした。

 

 

いや、厳密にいうと「その時は」しっくり来るけど、次第にそう思えなくなることが

とてもつらかったのです。

 

 

何がつらかったって、今思えば、

「素晴らしい」「素晴らしくない」

「受け止めれる」「受け止めれない」と、評価されているように感じたから

だとおもいます。

 

 

 

だから、それらが「できない自分」に劣等感を感じたりしてきました。

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友人に話すと

「なんでカウンセリングがいいの?カウンセリングはどう違ったの?」

と聞かれることがあります。

また、「正しさを求めるよね」と言われることも。

 

 

 

確かに、「正しさ」というのは言われてみればそうかもしれません。

 

 

ただ、わたしの中で大きく違うのは、

カウンセリングは、

絶対に自分が否定されない場所。安心感がある場所。

であるということ。

 

 

自己啓発はうけてみると、「そんなことないよ」「○○なんじゃない?」

などどちらかというとアドバイスをもらう機会が多かったように感じます。

 

 

でもカウンセリングは違った。

自分の問題は自分で見つめて、自分自身で答えを出すということ。

 

 

 

今自分が受けてわかりますが、

例えば、結婚したい。とかの悩みは表面的なものであって、

実はもっと心の奥には別のことが隠されていることが多くて。

 

 

 

その自分でも気づかない、見たくないかもしれないことって

多分、誰か他人に無理やり引き出されるものじゃないと思うんです。

 

 

 

カウンセラーはそこをじっと待ってくれじっくり向き合ってくれます。

わたしのペースで自分の問題を客観的に見つめることができ、

そして自分自身がどうしたいかということを自分自身で答えを出すんです。

わたしの場合は、2ヶ月くらいでしたが、

人によってはもっと何年も時間がかかるかもしれません。

 

 

そのくらい1人で自分をみつめることは勇気がいるし、根気もいると思います。

 

 

ただ、自己啓発と大きく違うことは、

わたしに絶対的な安心感を与えてくること。

否定も肯定もされないし、一切評価はされない。賛成も反対もされません。

その中で、

「自分でじぶんの答えを出す」ということ。がとっても大きかったです。

 

 

自分に自信がつく。し、

何より、自分自身で出した答えというものは、後悔がないんです。

 

 

 

技術だけでも、小手先のノウハウでも、データだけでもできないことだし、

心のしくみを理解しているということは、何より「心」に真剣に向き合っている

と感じます。

 

 

それは、わたしが受けた側だからかもしれませんが、

ただのアドバイスでわたしの人生を決められたくないからです。

 

 

繊細だからこそ、自分のペースを尊重してくれる人がいいんです。

 

 

 

自分の人生を一生懸命生きていない人に、

お金を払って相談する気持ちになれないからです。

真剣にわたしの人生の悩みに向き合ってくれるひとに

わたしはお金を払って相談したいからです。

 

 

 

自分の人生で悩んで相談にいくのに、

適当に生きている人に自分の悩みなんてわかってもらえないと

思うからです。

 

 

 

 

自分を大切に生きている人ならわたしの気持ちも大切に扱ってくれるだろうと

思うからです。

 

 

そして何より、

本当は、自分の人生には自分で答えを出して前にすすみたいと

わたし自身が望んでいるからです。

 

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最後に。

 

もし誰にも言えない悩みがあるひとはぜひカウンセリングを1度受けてみてください。

「話をただ聞いてもらうだけでしょ」

という人もいるかもしれませんが、

話を傾聴する。というのは生半可な覚悟や適当な技術や感覚では身につかないもの

だと思います。

 

 

ちなみにわたしが受けたカウンセラーは、双葉祥子さんです。

ameblo.jp

よかったのぞいてみてくださいね(*^^*)

 

 

他にもカウンセリングを気軽に相談できる場所を貼ってみます。

中には無料のものもありますので、よかったらみてみてください。

www.npo-tms.or.jp

 

www.counselor-tokyo.jp

 

たくさんの悩んでいる人が気軽にカウンセリングを受けられる世の中になりますように。

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土台がしっかりしてないと何事も長くは続かない

みなさん、仕事や、運動や、

何でもいいんですが、何か大切にしてる

ものはありますか?




わたしは全てのことにおいて、

とっても大切にしてることがあり、

それは、

物事の土台がしっかりしてるかどうか?

についてです。





家を建てるにも、花を育てるにも、

土ってすごい大事じゃないですか。




家なら地盤がグラグラしやすいとこならいくら立派な家を建てても、地震がきたら崩落しやすいし、




花でも何でもまずは土がしっかり適したものが大事で。




で、その部分。つまり、

物事は全て土台が大事だと思っていて。


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それがどう仕事に生かされるかというと、


例えば、

脳出血で救急車で運ばれてきた患者さんがいて、血圧が200だった。


とします。




そこで

お医者さんが、血圧が高いから下げよう。

と、目の前の血圧が高いことばかりみていて、血圧を下げる薬しか使わなかった。

ら、それは本末転倒で。




何で血圧が高いのか?

じゃあ写真をとろう。手術をしよう。

そもそも手術をしていいのか?



とか、それを決めるときって、

正常な体の臓器の場所や、

その臓器の機能とか、

血管の位置とか、

病気のこと以前に、身体のことを

知らないと、正常か異常かもわからないし、

根本的な解決になりません。




だから、基礎ってものすごい大事。




さらに、基礎って運動でも、

超地味で、時間がかかりますよね。




でも、基礎がしっかりしてる人って、

応用もききます。




何でもそうだけど、

そのくらい私は土台がある人が好きです。




で、仕事でも、

好きでやるのはすごい素敵だと思う。




時間をかける=ビジネスがうまくいく。

ではないかもだけど、




ただ、細く長く続く人は、

いつの間にか極めているし、

本質が見えてるからこそ安心できる。





私自身が上っ面や嘘が嫌な人。なんで、

エセ好きでやってる人はあんま好きじゃない。


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好きなことを仕事にする=うまくいけば何でもいい。



じゃなく、



好きなことを仕事にするからこそ、

お客様や自分の仕事に責任をもち、

自己研鑽してる人の方が、

よっぽど信頼できます。




好きなことって、深く知りたいし、

興味があるもんだから。



あとね、

地味な基礎をコツコツと積み上げてきた人って、そのつらい時期があったからこそ、



華やかになっても、

謙虚で自信を持って仕事できていると

思います。



地味な時期を乗り越えたからこそ

つらさもわかるし、



基礎の大切さが身に染みているから。



だから自信があるんだなと思います。


目の前の一時的な高揚感や快感に惑わされない

先日、ベリーダンスの体験レッスンに
行ってきました。


運動神経も全くないわたしで、
もちろんついていけなかったけど、
基本的なことは同じ。


ピラティスで習ったように
体幹トレーニングは必ずどのスポーツにも
共通しているように



基礎は、やっぱり、
骨盤をたてる。とか、
人間の生理的な自然な状態に
もっていくことからはじまるのだと
感じました。

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なんでも共通することは、同じ。




やはり、何かをするにも、学ぶにも、

基礎はとても大切で、

この土台がぐらついてると、

いくら重ねても表面だけしか変わらない。



これは本当に全てに共通しています。



例えば、

ダイエットでも、

置き換えダイエットや、

りんごダイエットなど、

流行りなどに流されるダイエットは、

ほとんどの場合がリバウンドしやすいです。




それは、

『体重を落とす』という結果には

繋がっているかもしれません。



ただ、何より大切なことは、

体型を維持すること。



ではないでしょうか??



なんでもそうですが、

わたしであれば、病院ですが、



病気を治すために薬を飲む。


そのために通院してほしい。

よりも、


患者さんには出来たら、

毎日心も身体も健康的であり、

もう病院には来なくていい状態に

なってほしいのが、

本当の願いです。



きっと、どんな職業の人も、

本当に相手を想って仕事を

している方は、



『出来たら、わたしの手がいらないくらい、   自分で、自分の幸せを作っていってほしい』と考えてる人ではないかなと思います。





逆に、反面教師として、わかりやすいのが

『依存する』という状態です。




例えば、ストレスが溜まって、

タバコをたくさん吸う。



とか、



ダイエットでもですが、

お腹が空いたときに

チョコレートを食べると空腹が満たされます。




全然これらは、

依存の始まりです。




一時的な幸福を求めてしまうこと。




それがたまにならいいのですが、

はまっていくと、

なくてはならない存在になり、

依存につながります。




男性でも女性でも、

一時的に自分にとって、

気持ちのいい言葉をかけてくれる人も

たくさんいて、



すると、自分がほしい言葉を

いつも与えてくれるその人が、

最初は憧れで。



いつのまにか自分にとって、

なくてはならない存在になり、

そこに通ってしまう…

お金を使ってしまう。




とゆうのは、

よくある話ですが、




人はみな、自分を肯定されたいものです。

わたしも同じ。



だからこそ、

自分を持つことが大切です。




確かに、気持ちよくなれますが、

それは一時的ではないでしょうか?




わたしは依存体質でした。



なので、



例えば、

某有名エステに1年ほど通っていた時は、

そこに行けばとても気分が良くなり、

通い続けたり、



あるファッションコンサルの先生に

憧れていて、その人に会うとしばらく気分が良くて、でもしばらく経つと、

気分が落ち込んでしまい、

また会いにいく。



ダイエットも、置き換えや、断食をして、

リバウンドして。




依存体質の特徴的な症状がありました。





本当に相手を想う人たちは、

自分のサービスに通い続けることを

望んでないのかもしれません。





それよりも、

自分のサービスを使うことで、

そこから何かを学び、

自立し、たまに顔を出す程度に、

自己研鑽のために利用してくれる。




が、1番嬉しいんじゃないでしょうか。



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サービスを利用する時、

自分が相手に依存していないかどうか??




一時的な高揚感を得るために、

通っていないかどうか??




本質的に、自分が変わりたいなら、

1番大切なことは、なんなのか??



一時的な目の前の快感や高揚感を

欲してないか?




良く考えてみてくださいね。




では良い一日を^ ^




好きな映画から、自分の好きなコトを知る

突然ですが、

わたしは映画が大好きです。



1人で近所にある映画館に行くのが好きで、

気が向くとよく足を運んでいます。




家でもアマゾンプライム

映画を観たり^ ^




昔から、

歌や踊りが本当は、大好き。



あと、ファンタジーも大好きです。

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絵を描くのがとっても苦手なので、

頭の中のものを

映画や漫画という形にしていること自体

本当に素晴らしいなと思うのです。




だから、映画を観ると、

心が震えます。




「君の名は」は、

ストーリーも素敵でしたが、

冒頭の映像描写が細やかで、

写真のような絵が描かれていて

涙が出たし、




美女と野獣」でも、本当に、自分が

お姫様の気分になれて、

そして非日常的な世界を歌や踊りや映像で

表現されていて

すごい心で人をみることの大切さを

改めて感じて泣いたり笑




最近では、

「グレイティストショーマン」

「ララランド」など、

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歌や踊りで、演者が思い切り好きなことを

一生懸命に表現していることが

伝わってきて、そうすると、

その曲を作った人や、

その映画に携わっている人たちの

想いまで伝わってくるからです。




以前は、

ファンタジーが本当は好きなことが

子どもっぽくて恥ずかしかったんです。




当時付き合っていた彼にも、

ディズニー映画で泣いてることを

バカにされたこともあったし、

そんな子どもっぽい自分が

あんまり好きじゃなかった。




でも、やっぱ好きなんですよね。

非現実的な世界を描いている映画が。




観ていると、

子どもの頃の純粋な気持ちを思い出すから。




あと、

ノンフィクションでも、

フィクションであれ、

映画の主人公って、すっごくいつも

一生懸命に生きてる姿を

みせてくれる。




好きな映画を観てると、

自分自身が、

「歌」や「音楽」が好きだなとか、



自分をもっと体いっぱいで表現したいんだと

感じていたり、



大事にしたいのは、

子どものような純粋な気持ちや、

愛情なんだな。とか、



そういう自分の『好き』や『大切にしたいこと』が、すごく見つけられる。




逆にすごい観たくて観たら

結構残虐なシーンがあって

ゲンナリしたこともあるんだけど、

それはそれで、

人の謎めいた裏の部分を目を隠しながらでも

傍観者として見てみたい。という気持ちや、

残虐なシーンを通して、

自分の今ある自由な状況に気づいたり。




だから、レビューなんて関係なく、

惹かれる映画を観てみています^ ^





おススメは、


妄想癖があり、普段は裏方の仕事をしている男性が、冒険をして、その先に掴んだものが、人生で実は1番大切なものなんだと気付いたことを描いた『ライフ』という映画。


壮大な自然も観ていて圧倒されるし、

大切なことを思い出させてくれる大好きな映画。

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他にも『海賊と呼ばれた男』

出光の創業者をモデルとした映画ですが、


たくさんの批判や逆境を乗り越えた主人公の

一生がすごくグッときました。

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★ブログ内のすべての写真はお借りしたものです。



てことで、映画は感情も揺さぶられ、

わたしはオススメしますが、




自分の惹かれる趣味から、

自分の性格や、目指したいもの、

自分の幸せは何か?

どうありたいか?が、

みえてきたりするかもしれません^ ^




留学・1人旅のススメ

留学や1人旅って、

めちゃくちゃ勇気いりますよね。



言葉通じるかな?

治安はどうかな?

税関通れるかな?

無事に帰国できるかな?

空港からホテルまで1人でいけるかな?


なーんて悩み出したらキリがない。


今日は、珍しく、何かの役に立てばと

思い、ワーホリの経験を生かして

留学や1人旅の楽しさなど書いてみようかなと思います。

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1、英語は出来なくてもなんとかなる。

留学や1人旅で1番不安なのは、

「語学ができるか?」なんですが、

これは、はっきり言って何とかなります。



なぜなら、わたし、

中学卒業してからは英語、赤点ギリギリだったんですよ。

29歳でワーホリ決めて、英会話スクールとかも全く行ってなかったんで。

でも、なんとかなりました。

だから大丈夫。




例えば、

海外の企業に入るために!とか、

目標があれば、わたしのヤバい英語力ではダメかもですが、

わたしは、「人生の休暇」として、

海外生活を楽しむことが目標でした。



だから、楽しむ目的なら、英語出来なくてもなんとかなります。



実際、留学やワーホリの場合は、

語学学校に行くんで、そこは、

ぜーんぶ英語です。



なので、わたし、初日に授業がわからなさ過ぎて、焦って、そこでかなり勉強しました笑笑


さすがに、生活しなきゃならない、

やらなきゃいけない状況になると、

人間必死になるんで、そこは心配しなくても大丈夫です笑笑



2、「旅行」と「暮らし」は別物である。


旅行は、はっきり言って、

んーいわゆる「いいとこどり」ですね。


楽しい!!!が、ほとんど。

3カ月くらいであれば、美味しいもの食べたり、少し街に馴染み楽しんで、帰国する!


そんな感じです。



暮らす。というのは、「生活をする」ということ。


銀行の口座開設、その国のルールを知る、

税金を納める、携帯・住む場所の契約。

仕事をする。とか、

結構「生活をする」となると、

自分の事はトラブル含め、自分で探したり、

交渉したり、責任を伴うことが多いです。


旅行と、生活は、似ていて非なるものです。

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3、海外に行ってよかったこと。

①旅行が近くて安い

わたしはカナダに行っていたので、

オーロラみたり、アメリカに旅行に行ったり、ワイナリーに行ったりできました。

旅行は安くいけるからすごいよかった。

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②たくさんの文化に触れる。

色々な人種がいて、日本とは違うルールに触れること。

例えば、カナダでは、ジェンダーレスで、

いわゆるゲイカップルなどもたくさんいました。

また、お給料も2週間で貰えたり、

仕事も日本みたいに、3年我慢!!!でなく、短くてたくさんの仕事を経験している人の方が就職は有利です。



③他人の目を気にしなくていい生活を体験する

これは、本当に日本人あるあるで、

他人の目を気にしない生活が

どれほど自由で気持ちいいものかを

ぜひ体験してほしい。


公園の噴水で、水着のお姉さんが

寝て本読んでたり、

真冬に、ノースリーブのワンピースを着て外を歩いてたり、

タワマンの下で、ゲイカップルが熱烈なキスをしていて、タワマン住人たちが

拍手で祝福したり、



本当に誰も気にしていない。

自由で、偏見もなくなるし、

人に優しくなれます。

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④仕事を経験する。

海外で、バイトでも色々な経験ができます。

わたしは、中国人系カナディアンのお寿司屋さんで、サーバーをしていました。

そこで、電話で、

「canなのか、can'tなのか聞き取れなくてわからない」とか、

「salmon  roll(サーモンロール)なのか、salmon  roe(いくら)かどっちかわからない」

とか、英語でオーダーとったり、

日本と違うお寿司だったり、



ホットドッグ屋さんで、

玉ねぎ1人で100個以上スライスして

切ったり。


とても日本では経験できないことがたくさんありました。




4、自分の時間はたっぷりある。

今すぐに、

「1年自由な時間があります。何をしますか?」というのが、

ワーホリや留学の醍醐味。



自分の時間を自由に自分で過ごすこと。



これは、今まで学校でも

与えられたことを行う日本人としては

苦手かもしれません。



なので、自分で考えて行動することが

いやでも身につきます。



そして、自分で決めていくうちに、

知らず知らずに、自分と向き合うことになります。



わたしは何が好きなのか?

仕事を続けたいか?

どう過ごしたいのか?

どうゆうとこに住みたいのか?

何をされたらいやなのか?

日本に帰国したらどうしたいのか?

何を学んだのか?



嫌でも、自分を見つめなければならなくなる。


自分探しなんか行かなくても、

生活することで、自然に見つかります。


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最後に。

よく語学学校の先生に言われたのは、

「きみはHelloって言えるでしょ?

それは英語ができてるじゃないか。

それに日本人だって、日本語がパーフェクトなわけじゃない。

なのに、日本人はみんな英語ができないという。

自分のことを過少評価するんだ。

僕たちには、なぜ「英語ができてる」と

ネイティブが話してるのに、「できない」というのかが不思議だ。

間違えたっていいじゃないか。

完璧じゃないんだから。」と。



謙遜は日本の美徳ですが、

海外では過少評価となりうるんです。



そして、日本では完璧を求められ、

失敗することが怖くなる。

わたしもそれは一緒です。



ただ

人は、そこで生活をすれば、順応するし、

自分の自信にもつながります。



海外にいても、必ず助けてくれる人は

います。

だいたい日本人なんてどこにでもいます。

いないとこは、よっぽど僻地なとこです。



英語が話せないなんて言わずに、

話せるんだから、飛びこんでみてくださいね(*´ω`*)




Don't  be   shy!Enjoy  your   life💕


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「批判された」と感じることについて

最近週イチのペースでブログ更新していて

毎日できないけど、

まぁ、ちゃんと書いてて、

成長したなぁと感じております笑笑




今日は批判に関して、

ちょっと書いてみようと思います。




以前、日記を書いていて、ふと

それが出てきて、

あの時も色々あったなぁ。



と、「今のわたし」が

感じることを正直に書いてみようと

おもいます。


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数年前に、ある起業家さんから、

「批判された」と受け取られて、

名前こそ書いてなかったけど、

批判に関して結構わたしにとって

きついことをブログで書かれてました。






最初にお話すると、

わたしは今でも、

まだまだ自分に自信をつけている段階なので、

人目ははっきり言って、

気にするほうです。




あと、はっきり物事を言うので、

誤解されることも、めちゃくちゃ多いです。




それは自分でも自覚してます。





で、この件があった時、

わたし、正直すっごく腹が立ちました。




「なんでこんなこと言われなきゃ

いかんのや。」




って。




で、何でその起業家さんが

わたしに怒ってたのかというと、




わたし、人をつなげることが単純に

好きで、

その方を通して知り合ったお客さん同士で

ご飯食べたりしてたんです。




わたし自身は、単純に

「同じ目標を持っている人同士で

繋がったら、いい刺激になるかもなぁ」

くらいで、全く気にしてませんでした。



彼女にとっては、お客さんでも、

わたしにとっては、友人だから。




まぁでも、彼女にとっては、

お客さん同士が自分の知らないところで

繋がってるのが不安だったみたいで。




駆け出しだったので、

お客さんを奪われる不安も

あったのかもしれません。





わたしにとっての彼女は、

すごく綺麗で、前向きで、影響力もあり、

本当に当時は憧れでした。





なので、単純に、

わたしが彼女のお客さんを集める=

彼女のビジネスを邪魔している

自覚はなくて。




とにかく、そのブログを見たときは、


「1人1人は、いい子なのに、

集団だと…」とか、書いてあり、

みた時は、ショックでした笑笑



そんなつもりないのにそこまで書くなんて!

みたいな笑笑




ほかのお客さんからも、

私の事を言っていることも聞いていたので

本当にショックだった。





今読み返してみて思うのは、

わたし自身は、単に、




・憧れていたからこそ、否定されて悲しかった。

・憧れているからこそ、

自分のお客さんの悪口や批判を

別のお客さんにしている彼女の話を

聞きたくなかった。

・自分を受け入れてほしかった。



だと思う。



とにかく、すごくガッカリした。

と、いうのが素直な気持ちです。



当時は、見た目も心も、美しく!を

謳っている彼女みたいになりたかったから。




だから余計に悲しかったから

腹を立てていたんだとおもいます。




あとは、仕事としてやる限り、

お客さんに対してのグチは、

あってもいいけど、

お客さんに言うのは話が伝わるから、

知りたくなかったのも本音。




今は、それで損をするのも、得をするのも

本人次第だから放っておけるけど、

当時は、わたしの、

そっちの方が「正しい」という

気持ちもあったので、余計に反発したんだとおもいます。



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じゃあ、自分はどうなんだって、

わたしも聖人ではないんで、

人の批判をすることもあります。





わたしはまだまだ

人の目を気にするってことは、

触れられて嫌だという劣等感があるからで。





だから、そうゆう劣等感が自分には

あるんだということは

自覚してます。




ただ、されて嫌なことは嫌だし、

それを友達同士で話すことはあるし、

グチは災いのもとだけど、



でも、嫌なもんは嫌です。





そしてグチるわたしは、

まだまだいろんな事に不安や恐れがあると

いうこと。



今のわたしだと、

そうだなぁ…




自分の外見には本当にまだまだ

全然自信がない。

努力もしたくないくらい笑笑




そのくらいわたしは、

外見には劣等感が

根強くある。




だから、見た目から入る人を時には

嫌悪感があるくらい、

受け入れれないんだけど、




それを認めてしまったら、

自分も綺麗にならなきゃいけない。



となるので、

そしたら、批判していたことを

わたし自身が受け入れなきゃいけない。




それがめちゃくちゃ怖いんだろうなと

思います。



じゃあ明日から!!!は

無理なので、



今新たな工夫を試みようとしている

とこです。



外見に関しては、

幼少期の影響が強くあるので、

まだお話できるまで

傷は癒されてませんが、



笑って話せるようになったら

ぜひ聞いてください(*^o^*)




それを減らしていけたらなぁとおもいます。








勇気をだしてよかった・・・!

こんばんは(*^^*)

 

またまたこんな遅くにブログ更新です。

 

今日はとっても嬉しいことがありました(*^^*)

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実は最近、すっごく仕事が鬼のように忙しくて。

 

もう心身ともに疲れていて、なんとなーく自宅から出たくなくて

1日10時間くらい睡眠をとってやっと体力が回復してきました。

 

 

そんな中、わたしがまたもや、

「やだやだ!絶対にみたくないー!!!」

 

ってゆう、見たくない自分の気持ちをみることになりました。

 

 

疲れていることを言い訳にして、

本当はみたくないことを後回しにしていました。

 

 

でも、どーーーーーしても、なんか不安な気持ちになったり、

漠然と悶々として。

 

 

その原因は、

 

 

「高校のときの友人の結婚式に招待されたけど、

なんか行きたくない。」てこと。

 

 

今のわたししか知らない人は、

昔のわたしを知らないと思うのですが、

 

 

わたしは、とっても友達が多いようにみえて、

本音で話せる友人なんていませんでした。

 

 

中学までの友達は、けんかをしたりして、

しょっちゅうぶつかったので、

ある意味本音で、少なくとも大人の頃のじぶんよりも素直だから、

今でも、気兼ねない。

 

 

でも、わたしの中で高校の友人は

大人になる微妙な時期でもあり、

本音でぶつかった友人はあまりいなくて。

 

 

人の顔色を随分気にするようになったり、

人を傷つけたり傷つけられたりという、

人間不信の根底も、ちょうど高校生の10代後半の影響が大きかったと思います。

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お恥ずかしいのですが、

高校の卒業式のあとにみんな友達とごはんとか行く中、

わたしは誰を誘っていいかわからなかったし、

勇気を出して誘ってみても、もう別の子と予定があると

断られたり。

 

 

1人で寂しく帰った思い出が今でも結構思い出すのもつらいくらい

悲しい思い出でもあります。

そしてそんな自分がとっても惨めで恥ずかしかった。

 

 

そんな高校の唯一連絡をとる仲の良い友人(仮にAちゃんとする)の

結婚式に

誘われたんです。

 

 

 

ただ、Aちゃんの仲のいい招待客の中に、

わたしも仲良くしていたつもりだったのに、連絡とらなくなった友人もいました。

その子と会うと、また過去のように

自分が傷つくんじゃないかって、

もう2度と傷つきたくないし悲しい想いはしたくないって思って、

実はとっても参加するのが、怖かったです。

 

 

 

今は、友人には恵まれているし

人間関係は以前よりはだいぶ悩まなくなりました。

 

 

 

でも、人の顔色をみてしまう部分や、

それをしないと怖い部分があるのは、

多分この高校時代が大きかったと思います。

 

 

だからこそ、過去の自分に戻るのもいやだったし、

それを見るのも嫌だったし、怖かったし、

でもAちゃんをお祝いしたいし、

でも今のままでは、悶々としてお祝いするのはいや。

 

 

ってたくさん矛盾した気持ちが出てきて

悶々と不安になっていました。

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そんな気持ちと向き合うことも、

もう悶えるくらいいやで笑 

 

 

だって傷ついた過去なんてみたくないから。

自分の闇の部分なんて直視したくない。

 

 

だから疲れてることを言い訳にしてました。

そしたら夢で、人に追いかけられるは、

底の見えない水ん中で溺れかけるわ、

寝てもねた心地しなくって笑

 

 

 

結局、それで、唯一、

同じ結婚式に行く別の友人に、

「わたし、Aちゃんの結婚式に行きたいけど

高校の友達あんま仲良くないし、1人ぼっちでいるのは寂しいし嫌だ。」

 

 

って話したら、

「そっかー。ヨシヨシ。

じゃあ一緒にいよう」って言ってくれたんです。

 

 

単純に嬉しかったし、すっごく安心した。

 

 

それで、自分はどうしたいんだろうって

思ったらそのAちゃんの結婚のお祝いはしたい。

 

ってゆうのが本心だった。

 

 

でも、自分の本心を言わずにもちろん結婚式に出ることも

可能だったんだけど、

社交辞令で出るのは絶対に嫌だったし、大事な友人だからこそ

心から結婚する友人をお祝いしたかった。

 

 

 

だから、

その結婚する友人Aちゃんに、

手紙を書こうとも思ったんだけど、

手紙じゃ自分が納得しないなって思ったし、

顔をみて話したかったから、

 

 

悩んでる時間がもったいなくて、

AちゃんにSkypeで話せるか聞いて

話をしました。

 

 

・わたしは結婚式に出るのが嫌って思う部分もあること。

・お祝いはしたいけど、高校の頃にたくさん傷ついたこともあり、

 楽しめないかもしれないと感じていること。

・Aちゃんに関しても、付き合ってきて、色々と

正論を話されて、自分が否定されたみたいで悲しかったこと。

・今後Aちゃんとは気兼ねなく付き合っていきたいし、大好きだからきちんと

顔をみて話したいこと。

 

などを本人に顔をみて話しました。

 

 

自分が成長しているように、Aちゃんももちろん成長していて、

自分の気持ちを話してくれました。

 

 

結果、話したら、

わたしが感じていた部分と、

Aちゃんが考えていたことも勘違いしていた部分もたくさんあったし、

 

 

逆も然りでした。

 

話したことで、

すっごく気持ちがすっきりしたし、

Aちゃんの結婚式にも気持ちよくでることができたし、

心配してくれるAちゃんは

「りなには○○というような環境で幸せになってほしい」と話されたけど、

 

「わたしの考える幸せとAちゃんの考える幸せは違っているかもしれないし、

わたしはこれからも失敗するかもしれないけど、大丈夫だから見守ってくれると嬉しい。」

と自分の意見もしっかり伝えることができたし、Aちゃんの意見も聞くことができました。

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もう過去のことは過去のこと。

 

今は違うんだから。

 

とすんなり受け入れられるのならそうしたいですが、

やっぱ過去をがっつり直視するのは、

 

みたくないこともたくさんある。

 

トラウマなんて関係ないって言われればそれはそうだけど、

 

ただ、少なくとも私自身の中にはトラウマは存在していた。

 

 

だからこそ、

そのトラウマを見てみぬふりをすることは

なんだか過去を否定してるみたいで違和感があるし、

それも自分で少しづつ納得の行く形でクリアにしていきたかった。

 

 

わたしはとっても不器用。

言葉も思ったことを口に出すし、顔にも出る。

見るひとからみたら、

とっても威圧的に見えることもあるし、

それがときに人を傷つけることもある。

 

 

けど、繊細だし、

臆病だし、傷つきやすい。

 

 

でも、大人になっても感情が顔に出てしまう自分をコントロールできなかったし、

感情を抑えれば抑えるほどすっごく辛かったし、

感情をコントロールできない自分はだめだと思って、

コントロールする方法はないか意図的に調べて試したけど

やっぱりどうしても苦しくて仕方なかったです。

 

 

で、結局出た答えが、

自分の感情をコントロールするのではなく、

 

 

感情的になってしまったら、ちゃんと謝ろう。

きちんと話そう。

 

 

きっとこれから先も損をすることもあるかもしれない。

もちろん拒否されることもあると思う。

 

 

ただ、不器用だけどぶつかることによって、

じぶんのことをそういう人って理解してくれて応援してくれる人もたくさん

いることに気づけました。

 

 

仕事をする上で、今でも怒ったり泣いたりするけど、

もちろんそれによって嫌な思いをさせてしまうかもしれないけど、

 

 

それ以上にわかってくれる友人や安心できる友人は

とてつもなく増えました。

 

 

わたしにとって何よりも大切なことは

相手が自分との関係に、どんな結果をだそうとも、

わたし自身が人として、付き合いたい人を自分で決めて、

その人たちと、いかに自分が誠実に向き合えるか。ということ。

こんなこと言わなくてもいいって思う小さな自分の気持ちでもちゃんと伝えること。

 

 

大人になって喧嘩しても、

むしろ子供っぽいと言われようとも、

それがわたしにとって後悔しないことだし、

私自身が相手と安心感を作り出すために大事にしたい

譲れないことなんだってわかりました。

 

 

そして勇気を出してじぶんの気持ちを伝えてほんとによかったって

心から感謝できました。

 

 

ほんとに勇気を出してよかったって思えた日でした(*^^*)