わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

自分らしく生きるために必要なこと。

実は最近、新しい挑戦をしています。

 

挑戦って言っても、なんかでっかいことをやり遂げるとかじゃないけれども、

ずっとずっと心理学に興味があったので、

しっかりと根拠のあることを学びたいと思い、

最近学校のようなところに行っています。

 

 

そこで、「人の話を聴く」ことを実習を通して学んでいるんですが、

いままでいかに自分が人の話を聴いてこなかったのか。

 

 

いかに自分が相手のことをわかった「つもり」だったのか

よくわかり反省しています。

 

 

 

1、人の話を聴くということ。

人の話を「聴く」というのは、

ものすごく大事であり、ものすごく難しい。

 

 

「聞く」というのは、ノイズでも耳に入ってくる雑音とか耳に入ってくるもの。

「聴く」というのは、感覚を働かせて識別すること。つまり、意図的に集中して、

心をそちら側に向けて耳に入れること。

「訊く」というのは、たずねること。

 

 

普段、わたしは、今まで話しを「聞いていた」んだと思います。

 

だって、人の話をききながら、別の事を考えていたり、

「次、何話そうかな」って考えながら話をきいていたり。

これは、「聴く」ではありません。

 

人の話を「聴く」って、多分、

自分の主観とか価値観は捨てて、相手と同じ場所にとどまることだったんだのだと。

 

 

2、話を聴いてもらうことで得られるもの。

きっと人に話を聴いてもらうことで得られるものは、

「わかってもらうこと」ではなく、

聴くことにより、相手が、

「自分自身の心に耳を傾けることを学ぶということ」

だと思う。

 

 

話を聴く人を介して、聴いてもらっている人自身が、

自分自身を理解していき、自己決定・自己解決ができること。

 

 

なのではないかなと思います。

 

 

つまり、本当の意味でのこれが自立なのだと思います。

 

 

3、話を聴いてもらうことができれば、「自分らしく」生きることになる。

わたしの学んでいる心理学は、

社会的な「個性を尊重しよう!」「自分だけの何かを見つけよう」とか、

正直じぶんらしくいること=じぶんだけの個性をみつけること

というものではありません。

 

 

以前は、「自分らしく」いないことが、そうじゃないことは、

普通でいることは、私の中で劣等感でした。

 

どこか、何か自分だけのものを見つけなければ、よくない。

と考えていました。

 

 

だから、いわゆる「自分らしくない」という状態のときも、

自分らしくいようとする」ときも、どこかで何か努力したり。

 

 

そこには、なんというか休むことは許されないような感覚。

自分らしくいることさえも、頑張ることを伴うような感覚でした。

 

 

でも、やっぱりどうしても悶々として、疲れるんですよ。

 

「変わりたくても変われない。」って感覚。

 

 

本当は自分らしくありたいけど、どこかで、自分らしくあれたら楽なんだろうけど、

自分らしく在るために、結局はそこまで努力しなければいけないような感覚。

 

 

終わりがないし、キリがない。疲れる。

 

もうそもそも、自分らしさってなんだよ。って

結局振り出しに戻る感じ。

 

そんな感覚でした。

 

 

 

でもわたしが思うに、自分らしさって、

多分もっともっと力が抜けた、気取ったり、装ったりしなくても

いい。っていう生き方が自分らしさなのかなって。

 

 

そっちにわたしはもっともっとシフトチェンジしていきたい。

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それがどうしたらできるのか。根拠を持って、学びたかったのです。

 

 

そのために、「話を聴く」ことを学んでいます。

 

 

わたし自身が、話をしっかり「聴いて」もらったことで、それで、今、

自分自身のやりたいことや興味があることに自然と集中して取り組めているからです。

 

 

もっともっと知りたい。

おもしろい。挑戦したい。

それって、とんでもない大きいことでもなんでもなく、

 

 

どちらかというと、自分だけの心の中から湧き上がってくる小さなものに、

素直に体を動かす感覚だからです。

 

 

きっとそれが、わたしが体験した、

「話を聴いてもらったことで、自分らしくいられる」という感覚だから。

 

 

 

 

4、ホンモノは選ばない。

正直な話、「お客さんを選ぶ」ということがわたしはよくわからなくて。

それって、手術をする医者が患者を選ぶのと一緒。

 

わたし個人は、

「ほんもの」の人ほど、きっと、より好みはしないと思うのです。

 

 

そこに得て不得手はあっても、その幅をできるだけ小さくしていく。

それが、プロだとわたしは考えます。

 

 

きっとそこには表面では測れない、努力というよりも、

きっと人としての厚みが必要だと思う。

 

 

プロであれば、

1つのモノに対して、

一方向から見ているのではなく、

同じ1つのもの見ているように見えて、多角的にいろんな角度から

実はその「モノ」が見えているから。

 

 

それはきっとどの世界にも通じるものがあると思う。

 

 

実際にわたしが接してきた、

すごいなって人たちって、選ばない人がほとんど。

 

 

自分の限界を知っていて、そこに対してもとても謙虚。

上には上がいることも知っていて、

より良いモノ、目の前の相手にベストが提供できるように、

できないときはさらにいい人との繋がりを持ち、責任を持ち紹介する。

 

 

下手なアドバイスもしない。訊かれたことには対応し、

求められていないアドバイスは必要最低限しかしない。

 

 

わたしもそういう人になりたいなって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

依存症だった私が考える依存傾向の気付き方と抜け出し方

イレギュラーなトラブルとゆうのは、

予期せぬ出来事で、



わたしはとっっっても、

このような「予期せぬ出来事」が起きると

思考が停止し、

冷静さに欠け、

自分を俯瞰してみることが苦手です。




それは、

トラブルに見舞われることが少ないとゆう経験不足が理由の一つにありますが、




もう一つは、

トラブルに関して、乗り越えたにも関わらず、「なぜうまくかいったか?何がダメだったか?」を振り返らなかったことも

原因の一つでもあります。




ダイエットに成功した人が、

何がよくて何が悪かったかよくわからないけど、痩せた!ってときは、



原因がわからないので、

何かをきっかけにキープ出来なくなったり、

次にリバウンドする確率は高く、

次にダイエットするときうまくいかないケースがある。



こんな感じでしょうか。




やっと言葉として書けるのですが、以前、

胸がえぐられる経験をしました。




大切なものを予期せず失ってしまう。

という経験は、

準備もなくくるもので、

変えられない事実で。




渦中にいる間、わたしは、

現実を受け止めることが困難で、

自分のことを客観視できませんでした。




毎日、

孤独感という不安や寂しさに飲み込まれていたし、何をしても、それから逃れることができない。

泣くことすらしたくないくらい、

感情も抑えないと自分が保てない。

忘れたくても忘れられない。

何をしても足りない足りない。

自分のとてつもない無価値感。

焦燥感というか

気持ちをまぎらわすことしかできない。

そこにひどく執着してしまう自分が情けなくなり、嫌になる。




同じ経験は人生で2回ほどあったのですが、

その時もつらくて仕方なくて、

目を背けていました。



ただただ時間が解決してくれるだろうと

待っていました。




だから、以前の失敗と、

同じようなことを繰り返してしまった自分に対して、自分を責めたり、悔しかったり、

ただ悲しんだりしていました。





ただ、今回は、

「客観視できていない自分」に、

早く気づくことができたことができたので、思った以上に、回復は早かったです。




ある人がいなくなった途端、

その人がいなくては困る、

すごく不安というような焦燥感に駆られるようなおかしくなるような感覚は、

まさに「わたし、ちょっと変。これは異常だ」と、

めちゃくちゃ自分に違和感を感じました。




「なんとかしなきゃ。」と思いました。

その「なんとか」の中身は、

新しい何かで補点しなければ。

その人との関係を何とか取り戻さなければ。

今のままでは辛すぎるから。

と、様々な気持ちがぐちゃぐちゃになりました。




実は、その時、やっとそれが

依存している状態だとわかったのです。

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男性に対してだけじゃないですよ。依存って。




例えば、女性に対してでは、

すごく憧れの女性がいて、


・その人といると気分が良くなるけど、

しばらくは続くけど、そのうちに、会わないとその「気分の良さ」がなんだか保てない。

とか、

・対等にYESNOが言えない。

嫌なのに嫌と言えない。断れない。

・一緒にいて楽しいけど、帰るとドッと疲れる。

・その人からの評価が気になる。

・その人が気に入ってる人がすごく気になる。自分ももっと気に入られるように頑張る。 

・その人から何か言われたりすると、「自分が悪かったのではないか」と罪悪感で気になって仕方がない。




こんな感じでしょうか。



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私の場合、この状態を直感で、

「普通じゃない。おかしい。」と、

カウンセラーの人に

すぐ連絡し、カウンセリングを受けました。




つらいときに、いままで、

もう少し様子みようとスルーしたり、

人を頼ることが苦手だったわたしが、

自分の違和感に気づいて、

専門家に頼れたこと。




たくさんの人に素直に

「つらいから助けて欲しい」と、

言えるようになっていたこと。




自分の「異常かもよ」なサインに

気付いて、それを無視しなかったこと。





やっと

「いい加減、もうそれどうにかしようよ。」と自分で思えて、

カウンセリングを継続で受ける決意をし、

依存への対応を気づけたこと。




これらの決断は、最終的には

自分との信頼と、

自分が譲れない基準を

見つけることにつながりました。




そして、最初の辛い場面で、

思った以上にたくさんの人が

思いがけず、何時間も長電話してくれたり、

急に時間が空いたから。と時間を一緒に過ごしてくれたり。

自分の経験を話してくれたり。

客観的に話をしてくださったり。

一緒に考えてくださったり。




ほんとに自分が思っている以上に、

たくさんの人たちが、

わたしがつらくて、

孤独感に耐えられなくなったときに

自分たちの時間を使って

支えてださいました。





職場の仲間も、気がまぎれるから。と

仕事をたくさん与えてくれたり、

その中で負担にならないサポートをしてくれたり。




ほんとにほんとに嬉しかったです。




普段から、

わたしは心から人を信頼しようとしても、することが難しかったのですが、





その時の経験を通して、

そんな中でも、

少しずつ周りと距離を縮めるために、

自己開示や、

素直に話をきいて、怖がりながらも自分の意見を話してきたこと。




毎日毎日、

コツコツ自分や人に対して不器用だけど

積み重ねてきた関係が




この経験を、通して

やっぱり相手と上っ面の関係を

築いてこなくて良かったなと。




助けていただいた周りに感謝の気持ちでいっぱいで。

また人を大切にしたいなーって思いました^ ^




わたしに貴重な体験を与えてくださった方、

支えてくださった方に、

たくさんたくさん感謝と御礼の気持ちでいっぱいです^ ^


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そして、依存というのはすごく不思議で、

嬉しい楽しいのに、苦しいんですよね。




今、それがなぜかよくわかります。





『“相手が言うことに従っていれば”楽しい』と、どこか思い込んでいたから。




そして、なぜそう思ったか。

それは、




最初に、相手がわたしを受け入れてくれ、欲しい言葉をくれたから。




依存かもと思う人は、よく考えてみてください。




もし、仮に、

「相手が”自分を受け入れてくれなかった”としたら、好きになっていたか?」と

自分に問いかけてみてください。





もし、NOであれば、

あなたは

「自分を必要としてくれた『から』、相手を好きになったのではないか、

相手の言うことを我慢して受け入れたのではないか?」

を考えてみてくださいね。




我慢する関係って、それは、あなたが望んで欲しい関係なのでしょうか?

それは一生続けても苦痛じゃない関係でしょうか?

よく考えてみてくださいね^ ^

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抜け出すには、

スッパリ連絡を切るか。

依存とわかった上で、さらにどっぷり依存し続けか。


のどちらか。



ハッキリ言って、どちらを選んでも辛いです。



でも、自分でどちらか選んでも、つらくてつらくて嫌になる時が必ず来ます。必ず。うまくいかなくなるから。

それが自分の1人で立つ準備期間でもありますから^ ^





ちなみにわたしは、どっぷり依存しました笑笑



離脱症状は本当にきつかったけど、そのつらさを経験に二度と同じ繰り返しはしない。

と決意できました。

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もしだれかの参考になれば嬉しいです^ ^






悩むことは、悪いことではない。

ご無沙汰してます。



最近やーっと、自炊したり、

職場は変わってないけど、

仕事が面白くなったりしてきてます。



やっぱわたし、看護師の仕事がすごく好き。



ずっと学べるし、ずっと悩める笑笑




今まで、「悩んでる人はヒマな人だ」と

言う人もいたけど、



最近思うのは、きっと人間は悩まないと

成長しない。

そして、悩むって言うのは、

真剣に自分の人生を本気で生きてる証拠だと

わたしは思う。




逆に「悩みはありません」と、

ごまかして生きていたり、

仕事で埋めたりして、見て見ぬふりをすることだってある。



でも、ちゃんと向き合って、

悩んでる人って、すごいなと思う。


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最近、テレビで、

海街ダイアリーという映画を観ました。



もう4回なんだけど、

何回観ても、すごくホッとする。



ただ、

平凡な毎日を、丁寧に過ごしたり、

素直に笑いあったり、怒ったり、泣いたり、

悩んだり。



当たり前の日常生活が描かれているんだけど、ほんとに自然に穏やかな気持ちになった^ ^



わたしが本当に欲しい日常生活は、

刺激ではなくて、こっち。

感性が豊かで、素直に笑っていられる環境。





幸せな人からみたら、

幸せじゃない人がわかると言うけど、




むしろ、多分みんな今、幸せに気付いてないだけかもしれない。




みてる相手が、

幸せか幸せじゃないかっていうのは

評価のしようがない。




それはきっと、自分の主観であり、

色メガネをかけて観ている世界かもしれない。




本当の意味で、

相手の幸せを、自分の価値観に当てはめて見てませんか?




仮に、幸せになろう!と思ってる人は、

もうそれだけで幸せじゃない。とか

話す人もいるけど、




人として、幸せになりたいのは

当たり前のことで、

それが、いい悪いって考えてる時点で、

結局、人を評価しているんだな。と。



なぜなら、わたしがそう考えてたから。




最近思うの。

仕事でも、人って、

色々な悩みや事情を抱えていて、

それは、ほんとに少し話しただけではわからない。




人と本質的に触れ合うには、

きっとまずは、相手の気持ちを

自分の価値観を通さずにみて、

まずは理解しようと努力すること。




そうすればきっと、誰でも信頼関係は築けると感じてます。




わたしにはまだまだ受け入れられない価値観はたくさんあるからこそ、

だからこそ、相手の気持ちに丁寧にこれからは寄り添う努力をしたいなと思う。






嫌いな人が気になる心理からわかること

最近、あることをきっかけに知ったブログを見て、

すっごく嫌悪感がありました。

 

 

その方は、顔も出してなくて、ブログを開くと誰かの批判のオンパレード。

特に、いわゆる「キラキラ女子起業」が気になるんでしょう。

わざわざ起業女子の方の本を読んだりもされていました。

 

 

 

客観的にみると、

「この人、なんでこんなに嫌いな人に時間費やしてるんだろう・・・」

ってわたし自身は思います。

 

 

実際わたし、この「マダム○○」さんのブログを読んで、

「うわー・・キラキラ女子を批判することで自分を正当化してるんやろうなあ・・・」

って個人的に感じたんです。

で、実際わたしはそのブログを書いている人が大嫌いです笑

批判だらけのブログ、見ていてほんとに不快。

多分ブログは有名っぽい。

 

 

 

でも、私自身が、

一方で嫌悪感があるのに、その人のブログ、1時間くらい読んでしまった笑

んで、イライラしたから、実際今、ブログを書いているんですね笑

 

 

で、これ、すっごく自分のためじゃなくて、相手のために時間を割いていること

ですよね?

 

 

それってすっごく矛盾しているから、なんでだろうってググってみました。

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目次

 

 

1、嫌いな人が気になる心理

グーグル先生で「嫌いな人ほど気になって仕方ない 心理」とググる

出てきた記事。

 

わかりやすいものがこちらの2つ。

ameblo.jp

nemotohiroyuki.jp

 

これによると、嫌いな人を気になる理由は、

嫌いな人の中に、その人自身が嫌いなじぶんを見ているから。

(スルーできないくらい、うらやましいという気持ちがある)

 

・興味があって好きだから。

どうやらアンチの人ほど、執拗につきまとう。

 

・自分がやってはいけない。自分に禁止している。

・自分が欲しくて手に入らないものを相手がもっているから。

 

らしい。

 

 

 

2、嫌いな人から自分のことを知る

上記を考えてみて、自分に置き換えてみると、

わたしの場合、

 

・「人を批判すること」は悪いことだと思って、自分に禁止している。

 

・わたしにとって『悪いこと』つまり、

「人を批判すること」でブログが読めれていることが羨ましい。

 

・批判であれ、自分の言いたいことを辛辣に発信していることが羨ましい。

 

・自分もたくさんの人に自分の発信を読まれたい願望がある。

 

・自分の中に、彼女を批判することで、自分を正当化したい部分があることが

似ているように感じる。

 

って気持ちがあることに気づいた。

 

 

自分の中で、

どこか全く関係ない彼女に対して、

劣等感を感じ、自分を正当化しようとしていた部分が重なっていると私が感じたこと。


そして、わたし自身がこれは良くないことって、自分ルールで思っているんだから、

あなたの価値観が受け入れられません。

むしろ、あなたが間違ってるんだから、

その価値観を変えるべきでしょ。

 

 

って考えてる、

自分の傲慢な気持ちが隠れていました。

 

 

3、嫌いな人から見えた自分の課題と、まとめ。

世の中にはアンチと呼ばれるファンもいて、

自分にないものを持っている圧倒的な存在を羨ましがっている存在がある。

というのがいい例で、 


 

自分ルールの中にこういう禁止していることで、

誰にも咎められたりしていない相手に

対し、羨ましささえ感じていました。

 


でも、自分の中にもこういう気持ちがあったということを知ったのでスッキリしました。

 


嫌いな人は自分を反映している。

 

 

改めて自分自身の課題が、

「人とじぶんとの価値観が違うことを受け入れられない自分がいる」

 

ということに気づけました。

 

嫌いな人がいたら、それは自分をしるチャンスかもしれませんね。

 

 

 最後に、これは私個人が感じたこと。考えたことです。

 

 

同じ「嫌い」 って感情の中にも、

人によってその程度や内容、感じ方は違うもの。

 

 

それも勉強になりました。

 

 

 

 

リピートしたくなる美容院。

今日は美容院に久しぶりに行ってきた。

 

東京にきて困ったことの1つは美容院の選び方。

正直物価も高く、出費も多い東京での美容院って、

わたしの中ではハズレたら痛い出費なんだよね。

 

いろんな人に聞いてみたけど、結局美容院選びも何回も失敗しつつ定着したので

今日リピートしている美容院の特徴をまとめてみた。

 

ちなみにわたしは髪が長い。今はヘアドネーションをしたいので髪を伸ばしている。

あと10cmくらい伸びたらバッサリ切る予定。

 

どれだけ変更しても毎回結局戻るサロンがあるので、検証。

 

 

ただ、完全にわたし主観のため、個々の参考にはならないかもしれないけど。

 

 

 

 

 

1、リピートしたくなる大きな決め手は

どちらかというと技術より、

技術よりも、料金と接客なんじゃなかろうか。

 

 

2、サロンにいく間隔

髪色が明るいと、プリンが目立つようになるとカラーにまず行きたくなる。

トリートメント効果が落ちてパサツキが目立つときも。

髪が長い場合は

、カットよりカラーが気になる。

 

いきたくなる時期は大体2ヶ月〜3ヶ月くらい。

となると、まずロングヘアの悩みは、ずばり「ロング料金」たるものがあること。

 

髪が長いってだけで、カラー剤の量も増えるので、料金が高くなる。

 

かといって、ショートヘアーにした経験もあるけど、ショートは1ヶ月半〜2ヶ月で

髪を切るたくなる。

襟足が伸びるとなんとも気持ち悪い間隔があったり、髪型が崩れやすいから。

 

となると、どちらにしろ、美容院にかかる料金というのは、かなり大きな出費。

ましてや2万前後なら洋服1〜2着。外食4回分くらいの出費となる。

 

 

 

3、リピートしたくなる理由

ここにホットペッパーが調査した美容院のリピートに関する調査がある。

サロンをリピートする理由・したくない理由とは? 【美容室・美容院・ヘアサロン編】|ヘア|美容業界調査・研究・アンケート|美容サロン経営を学ぶならホットペッパービューティーアカデミー

サロンをリピートする理由に、技術は3位にランクインしているということ。

そして接客を重視していることがわかる。

 

なんだかんだ、技術がよくても接客がイマイチだったら、

接客を我慢して、技術を得ることになるけど、

それって、その数時間結構苦痛だったりする。

 

 

4、思わずリピートしたくなる美容院の接客の仕方

実際わたしも何度も経験がある。

そこそこ高いところに行っていたときもあったが、

きれいは持続しなかった。美容師さんの接客は好きだったが、その人が辞めてから

行かなくなった。つまり、その美容師さんが好きで通っていた」ということ。

お店が好きなのではなく。

単純に美容師さんと気があっただけ。

 

 

で、今は東京に住んでいるけど、地元で通っていたときよりも、

料金は安く、気を遣わない美容師さんのところに通っている。

 

 

わたしのカラー代は3000円で、いつもフルカラーだけど、

ムラはないし、大満足。

 

料金が安い。

 

そして何と言っても美容師さんに、「気を遣わない」。

 

その美容師さんと全く話さないわけではないけど、

最初と最後の会話だけで満足。ほかはひたすら雑誌を読んでいるだけで、

一切話しはない。

自分が話したかったら話す。

 

 

なんでこんなにこの人の接客に満足かって、

まず1人の美容師さんが最初から最後まで接客してくれるから担当者が変わらない。

このカラー・カット以外アシスタントっていうのも、わたしは超疲れる。

せっかく担当の人が話さないひとでも、アシスタントが話しまくりだと

いい気分が台無しになる笑

 

 

ちょっとした一言が自分を覚えていてくれて嬉しい。

「だいぶ髪伸びましたね」とか。それだけなんだけどね。

前の状態を覚えててくれるのは嬉しい。たくさんお客さんがいるからこそ。

 

 

自分のことを少しだけ話してくれる。

髪の相談って結構なんでもかんでもは話にくい。

特に今後、中年になると白髪のこととかもあるし笑。

 

わたしの担当の美容師さん、今日行ったら

「わたし1年に1回くらいしか髪切らないんですよ。

 めんどくさいとかじゃなくて、何回もきるほうが傷めるんで。

 よく美容師なのにって言われるんですけどね」

って言われて、なんかホッとしてんですよね。

 

この人はトリートメントやカットを勧めてくることも一切なくて、

わたしからの要望がないことは一切しません。

 

なんか勝手に信頼できた。

 

ここで、「ここ、料金も安いし、なんか担当の人も信頼できるしホッとするなあ」

って。

 

そこで自宅で再度鏡を確認したら、ムラもないし、ここいいわ!ってなる。

むしろ、ブローは癖があるから、気に入らないこともあるけど、

なんか許せちゃう笑

 

でも、結構傷んでますね。って言われると、そうですねーとかいいつつ、

トリートメントの押しや、カラーのランクアップとか勧められるのが目に浮かぶから

正直がっかりする。

 

実際そうだしね。髪をサラサラにしたいんです!って要望があるならそれはいいんだけど、頼んでもないアドバイスは正直大きなお世話だ。

 

 

 

5、まとめ

結局美容院はやはり、

まずは接客と料金。

その後に技術がつくんだなと。

 

いくら髪への愛情が強く、こだわりがあり、技術がよくても、

求めてないのにされることはやっぱり嫌だよね。

 

あと改めて、人間は変化を嫌う生き物だと思った。

新しいもの、慣れていないものには、かなりストレスを伴う。

 

そんな数ヶ月に1回という場所で唯一ホッとできる場所になれたなら

きっと客である私たちは、他の美容院には自然に、いかないだろう。

 

 

東京は特に美容院が多い。

素敵な美容院にいくことも大事だけど、

自分の心地いい綺麗さを維持するための美容院。

 

わたしはステイタスよりも、心地よく、低料金で行きたいときに気軽にいける

美容院がずっとリピートしたくなる美容院だ。

 

ちなみにわたしの通う美容室はここで、担当は伊東さん。

AUBE hair ginza【銀座2号店】 – 美容院・美容室 「AUBE hair(オーブヘア)」

 

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ちょっと、うつっぽくなっている時は。

ちょっと最近、暴食傾向で引きこもり。

ものは少ないのであまり部屋が汚れている感はないけど、

とにかくこれはちょっとウツっぽくなっている傾向がする・・・

 

 目次

 

 

1.うつって?

うつは脳のエネルギーが欠乏した状態。

それによって色々な意欲や気分の低下などの症状を伴うこともある

 

 

2、自分が疲れたり、落ち込んでいるときの状態に気づく。

正直じぶんのことを知っているようでまだまだ知らない。

ちょっとやりすぎて落ち込んだり、

人に知らない間、ご奉仕しすぎたり。そんなことしょっちゅうある。

さっぱりわからないからこそブログを書いている。

だからこそ記録として、こうやってブログなり文字にして残して振り返る機会は大切ね。

 

見直しても、書いても、記録に残すことで見直せるし、冷静に客観視できるから。

 

特に、じぶんが疲れているときのことをまずは知ること。気づくこと。

 

私の場合

・家から出たくない。

・風呂に入りたくない。洗い物・料理・掃除をしたくない。

・食欲が増す。

・とにかくめんどくさい。

・なんでも深く考えこみすぎて漠然と不安になる時間が多くなる。

 

 

こんなところかね。

 

ひどいときは、お腹とか、膝裏にヘルペスが出る。

そしたらもう危険信号ってゆうより、こりゃレッドカードだ。

 

 

3、疲れていることがわかるとまずはとことん自堕落な生活をしてみる

疲れていることがわかれば、とにかく罪悪感がわいても、

自堕落な生活をすること。

 

汚い部屋にいたって、そのうち絶対にそれがなんか居心地が悪くなるときが

必ず来る。

風呂にもあれだけ入りたくなかったのに、それが嫌になるときも来る。

 

それまでは、自堕落な生活でOK。

 

わたしは1人なので誰も文句を言われることもないが、

 

理解してくれる人がいるだけで、嬉しい。

 

以前はこんな自堕落な自分に罪悪感を覚えていたけど、

彼や友人から

「え?めっちゃいいじゃん!お皿洗いたくなかったら洗わなくていいに決まってる!」

って断定的な肯定をしてくれる人にかなり救われた。

 

 

協力してくれる人がいないと感じても、とにかく何もしないことに徹底的に徹してみる。

人間、落ちるとこまで落ちたら這い上がるしかないから。

 

 

4、原因を知る。

わたしの場合、暴飲暴食・浪費・活動低下になっている場合が、

疲労していたり、うつっぽくなっていることにだいぶ気付けるようになってきたので、

自覚できるようになったら、原因を探ってみる。

 

まずは自覚できている自分はすごいので、

余裕ができたら程度の気持ちで原因は無理にではなく、

「ちょっと考えてみるか」くらいの気軽さでOK。

 

 

以前のこのような時の対処法といえば、

めっきり予定を入れまくっていた。

 

 

なんでかっちゅうと、なんか気持ちをごまかして、自分は疲れていないと

じぶんに言い聞かせていた。

 

そこには、人といることで気を紛らわせること。

どちらかというと自分の気もちをごまかしていたかなあ。

だからますます疲れた笑

 

 

落ちこんだり、暴飲暴食していないことがすべて「いいこと」ではない。

 

最近感じるのはそうやって疲れていたりすることが「よくないこと」と

思ってることのほうがよっぽどしんどくなる。ということ。

 

 

ちなみにわたしの場合は、「我慢していること」が大きい。

 

 

職場は忙しくないんだけど、

心に余裕があることと暇なことは別問題だな。とつくづく思う。

体力として、夜勤が今は問題。

 

ほかは、なんだろうなあ・・・って自分の気持ちを探ってみる。

1人でモヤモヤするときはひたすら自分の気持ちを書いてみる。

おかげさまで、2年でノート6冊消費したけど、これが一番自分にはあっていた。

 

 

すると、めちゃくちゃ人に対して言葉を選んで発言していたり、

やたら自分に「いい人ぶる」ことを自身に課せてる部分がある。

 

 

からしんどいんだよね。

 

原因がわかれば次から対処もできる。

そのためにも、ノートに書いて何より自分の気持ちに気づくことで

今少しづつバランスの調整をしているところ。

 

 

5、自分なりの対処方法をみつけること

ちょっと難しいなあ、対処って。

 

わたしの場合は、今はブログやノートにこうやって自身のことを書くことで

発散している。

 

これが楽になる方法。

 

 

でも正直、一番いいのは全部やめることかもね。

 

休むこと。とにかく、休むこと。

SNSをみないこと。

できたら自分自身の時間をもつこと。

 

あ!あとは、自分がうまくいっていた、いちばんいい状態の時のことを思い出すこと。

 

 

わたしの場合ならいつも感じるのがカナダにいた頃の自分。

仕事でストレスがあった時に、やめる勇気を振り絞ったこと。

それから、みるみるうちに、食事も自炊オンリーで

色々買わなくなったし、勝手に運動して、勝手に痩せたんだよね。

 

コーヒー1杯や、ベンチでぼーっと寝っ転がることにすごく幸せを感じていた。

 

そうゆう場面を思い出して、そのときに大切にしていた時間の過ごし方を

してみること。

 

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6、最後に

今は発信はブログだけって決めていて、

だいぶ発信しても有名なわけじゃないから、

意外に人はみていないことが実感できてるので、

わたしの場合は、こうやって開示することに今まで超勇気を振り絞ってきて今があるのでこんな自分のだらしない部分を書くことに抵抗がもうあまりない。

 

だからここに色々書くのは楽なんだと思う。

 

じぶんなりの方法をみつけるには時間がかかるし、あ、これ違ったわ。って

こともあるかもだけど、とにかくやっぱ、自分の睡眠をとれるのは自分しかいないレベルで、自分の疲れは自分で取るしかない。

 

 

んで、すっごく勇気がいる。

この疲れを取る時の行動って。

 

 

思い切って仕事をやめたり、定時に帰ったり、

私の場合は今回は、じぶんで希望していた夜勤専属を一旦休憩させてもらうように

お願いしたり。

 

 

「人に迷惑かけるかも。」って思うことを思い切ってやることだったりする。

 

でも、仲間に声をかけたら変わってくれたり、案外、あっさり希望が通ったりするから

思い切って誰かにまずは相談してみることかオススメします。

 

 

そして、疲れている状態のときを「悪い状態」と決めつけないことも大事な気がする。

 

 

わたしは完璧主義な部分や評価体質な自分の一面もあるからこそ。

いい、悪いで判断するとめちゃくちゃ疲れる。

 

 

とにかく、きょうは疲れてるのね。ひとに優しくできない日もあるよね。

くらいのライトな自分でいれる日が早くくるといいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

断捨離のコツと大切なこと

洋服も、モノも、人も、断捨離のコツは、

「自分の大切なことは何か」

「譲れないことは何か」

「人から見て、幸せに感じるものなのか?

自分が幸せと感じるものか?」




を問いかけながらすることが

大切なコツだと思います。




また、

捨てることに重きを置くのでなく、

「何を残すか?」がとても大切。




服やモノ、人を通して自分と向き合うこと。




とてもシンプルで、

自分の原点に戻ることがとても大切です。




「今必要なもの」だけで捨てるとすると

大切なものまで見失います。




必要なものは、それはそれでいいのですが、

なぜそれが必要なのか?なぜそれを

「残したいのか?」

も、考えてみるといいと思う。




「他の誰でもなく、

自分自身が何を本当に大切にしたいのか。」

が大切なこと。



だから断捨離って、迷うし時間がかかるのだと思います。



あと、手触りとか、匂い、五感も大切に^ ^

自分の感覚はウソをつきませんからね^ ^

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