わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

2017年を振り返ってみた。

今年は11月末から、

目まぐるしく人との関わりについて

考えることがたくさんあった。




恋愛を通して、

自分自身のずっとずっと避けてきた

問題にも向き合わざるを得なくなった。


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ずっと恋愛に関しては引っかかっていたので、

知識やノウハウを入れたり、

見た目をみがいたり、

彼氏を何人か作ってみたり、

その結果、



「なぜわたしは彼氏を数人つくる必要があったのか?」


に、向き合わざるを得なくなったと思う。




正直、彼氏を数人つくったほうが、

執着はないし、楽だと思う。




安心感もある。




でも、なぜ執着してしまうのか?

何に執着してしまうのか?

何に安心感があるのか?




を直視しない限りは、

きっと、何人作っても、

自分の気持ちは満たされないんだと思う。




努力は好きでやるものだけど、

「何か」のために、

あくなき努力を

続けることは、すごく疲れる。



自己犠牲なのも、違う。



もちろん、それが愛情のカタチの1つだと

言えるかもしれないし、

それが悪いことだとも思わない。





ただ、自分の「愛情」というものが

歪んだ愛情でないかどうかを

自分自身が疑わないことは

本当に恐ろしいことだと痛感した。





もしかしたらわたしの愛情は

無意識にすごく「自己愛」が強いものから

くるものだったのかもしれない。

と、認めた出来事があって、

それは、すごくすごく怖い事だった。






とにかく、今年は恋愛を通じて、

本当に自分の傾向を知ることができた。





色々なことを通じて、

それ以上に思うことは、




結局目を背けていると、

本当に何度も何度も同じことは

繰り返される。




そこに違和感があるなら、

やっぱり現実を直視するしかない。




でも、悪いことばかりじゃなかった。




今までどこか自分は、

「1人ぼっち」で、

孤独にのまれそうなことが

何度かあった。



多分、わたしの場合は

何かに「見捨てられるのではないか」

という恐怖からくるもの。




でも、決してそうではないということを

肌で感じれた。




つらいときに、夜中まで電話をしてくれた友達。


わたしが不安定なときに、敢えて何も言わずわたしが気付くまで見守ってくれた友達。


ごはんに付き合ってくれたり、



助けて欲しいと頼ったときに、

自分が思う以上に、

わたしのことを

いいことも、悪いことも丸ごと受けとめてくれる友だちや同僚が、




自分が思う以上に、

すごくすごくたくさんいたこと。




支えてくれる友人たちは、

そのままでもいいし、

変わりたいなら応援するよ。




と言ってくれる友だちばかり。



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載せきれないけど、

本当にわたしは温かい人たちに囲まれて

生きていることを実感した。




孤独を感じても、

支えてくれる人がいるとわかったので、

もう前に進もうと思います。




来年は、

みたくないものに直視する

1年になると思うけど、

支えてくれる人がたくさんいることを

感じれたことは本当に本当にわたしの支え。




だからやれるだけやってみようと思う。



そして、わたしの

拙いブログに目を通していただいた

多くの皆さまにも

心から感謝いたします。




ではみなさま、

よいお年をお迎えください(๑˃̵ᴗ˂̵)