わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

ほしいのは、「信者」ではなく、「友達」

今日はシャングリラホテルでアフタヌーンティーをしてきました。

実は矢野りかちゃんが年末に

競馬に買ったと話していたので、

 

 

「おいしいものごちそうして\(^o^)/」と

お願いしたら、ごちそうになりました!!

アイドルマインドで一生モテる♡1秒で恋に落とす女になる方法♡

 f:id:kurina3880:20180118161200j:plain

 

最近ポルカをしたり、こんなふうに人からごちそうになる機会が多い。

特に女性から。

 

 

わたしの周りの友人は自分でお金を100万以上稼いでいる人が多い。

それは、だいたい小田桐あさぎさんを通して知り合った仲間なんです。

 

 

 

彼女たちがそんなに稼ぐ前から知り合いなのですが、

わたしが彼女たちから教えてもらったことは、

お金って、「感謝の集合体」なんじゃないかなって思ったんです。

 

 

じぶんの何気ない発言に

感謝を感じてくれたり、

逆に相手の何気ない気遣いに感謝を感じたり。

 

 

それが積み重なってできているものなんじゃないのかな。

 

 

わたしが人にご馳走したいなと思うときは2つあります。

 

1つは、相手に気に入られたいため。

1つは、本当に相手に心から感謝しているとき。

 

 

で、正直、以前は「相手に気に入られたいため」でした。

 

 

でも、そこには感謝の気持ちではなく、

根底にはどこか「恐怖」や「不安」があったんです。

 

 

 

 

【人が好きだからこそ、じぶんがどんな人といたいか見極める】

みなさんはバターという小説をご存知ですか?

www.shinchosha.co.jp

 

 

わたしは最近これ読み進めているんですが、

ざっくりいうと、

梶井真奈美という、決して容姿が美しいとはいいずらい女性が、

3人の男性を自殺に追い込んだ。

その殺人犯を女性記者が取材していくうちに、

その梶井の欲深く自分に素直な魅力に

少しづつ惹かれていく記者の行動や心情を描いた話です。

 

 

 

私はこの話をまだ読み進めている途中ですが、

この「梶井」は人としてとても強烈に興味をひくのですが、

とっても関われば関わるほど、つらくなっていくタイプの人間なのです。

 

 

それは、なぜかというと、梶井自身は

「わたしは友達はいらない。ほしいのは崇拝者なの」と話していたところにあります。

 

 

それは、言い換えれば

自分の思い通りになる人が欲しかったということです。

 

 

f:id:kurina3880:20180118161316p:plain

 

 

 人を強烈に引きつける人の中には

ときには

巧妙に自分に中毒、つまり、依存をさせる人もいます。

梶井真奈美がまさしくそうなんですが、

そこには、「愛情」という名を利用した

「不安」や「恐怖心」を含ませた

コントロールが入り混じっています。

 

 

 

自分がつらいときに、その弱さを敢えて見抜いて、

ほしい言葉を巧妙に与えてくるひとも中にはいます。

 

 

 

そこからは、逃げるか、ボロボロになるまで依存するかの

どちらかしかないのです。

 

 

 

話がズレましたが、

わたし自身はとても人に興味があるからこそ、

自分の周りの人間関係を振り返ります。

 

 

人間関係は本当に類は友を呼ぶですが、

 

 

じぶん自身がどんな人間関係を築きたいのかを

明確にすることってとても大切だと思うのです。

 

 

 

私は小田桐あさぎさんのコミュニティで

自分自身と約束したこと。

 

 

それは、

「自分の違和感や本音はどんな形でも無視しないこと」

「うそはつかず、どんな形やタイミングでもいいから相手にきちんと話すこと」

です。

 

 

自分がそうだからといって

彼女たちが私に本音を話しているとは思いませんが、

少なくとも仲のいい友人たちや

おつきあいしている人たちは、

 

 

イエスマンで常に私の肯定をしてくれるわけではなく、

ときには耳の痛いことを話してくれるひとです。

 

 

だから思うんです。

 

 

自分の周りが「イエス」をいう人ばかりになってきたら

それはとっても危険だし、

そんな人間関係ってまさしく「崇拝者」なんじゃないかって。

 

 

 

わたし自身、20代前半に占いにはまったことがあり

今思ったら、そのときって

どこか自分でもおかしいって気づいていたし、

やめたくてもやめれない苦しい感覚があったんです。

 

 

 

わたし個人は

違和感をきちんと言い合える人間関係が欲しかったし

わたしがほしかったのは、話てもいつかは必ずわかりあえる

そんな、心から安心できる関係が欲しかったのです。

 

 

そこに圧力はいらないし、

ほしいのは選択の自由。

 

 

それは今でも変わっていないと思う。

 

 

 

どこか、「恐怖」や「不安」でつながっている関係は

わたし自身がいやというほど経験してきたからなんだと思いますが、

関係は「グラグラ」だと思うし、いつか歪が出てくる。

 

 

 

わたしは周りのひとと

「信者」ではなく、「友だち」でいたいと思う。

 

 

ということで、

それを教えてくれた周りの人たちには感謝しています。

 

 

 

友人たちには、

たくさん感謝のこもったお客さんたちに恵まれてほしいなと心から感じるし

彼女たちはすでにそれを築きあげている人たち。

 

 

 

わたしも、

これからも、率直にじぶんの感覚にお互い素直でいられる関係を

つくっていきたいなあ(*^^*)

 

 

では今日は卓球をして楽しんできまーす!!!

最後まで目を通していただき、ありがとうございました(*^^*)