わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

努力の仕方を間違えるとつらいだけ。

「努力」



なんて健気なことば。

なんて憎たらしいことば。



と思います。



辞書で引くと、



目標の実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること。



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今まで、自分の人生は

努力の連続だったと思う。



テストでいい点数を取るために

塾に行ったり、勉強したり。




仕事ができるようになるために、

たくさん勉強したり。




わたしの考える努力は2つある。




1つは、

「何かを埋めたり克服するための努力」




例えば、わたしは仕事ができるように

なるために、

自分のプライベートな時間もたくさん費やしてずっと勉強していた。




わたしの偏差値は40くらいなので、

勉強は人の何倍もしなければ、

全然頭に入らないうえに、

定着しなかった。



だから、

バカにされないように。

みんなに無視されないように。

見下されないように。

失敗しないように。

なるべく失敗しても隠してなかったことに。



そんな感じで仕事してきた。




バカでも努力すれば

必ず仕事なんて覚えれるし、

自分がそれをしてきたから、



しない人や、できない人をみると、

なんでやらないの?

なんで気づかないの?



とか思ってしまい、

イライラしてしまう。




それは、自分がやってきたし努力して

克服したから。




できない人みると、

やってないからだろと思うし、



できてるフリしてる人みると、

わかってないくせに。と

思ってしまう。




それは仕事ができない人は、

価値がないと思ってるし、

お金もらってるんだから

ちゃんとするのは当たり前と

考えている部分があるから。


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もう一つの努力は、

「できないことを認めてしまい、

助けてもらいながら達成すること」





例えばわたしの場合は、

多分、今でも地道に努力していることは、




自分の人間不審を今でも少しずつ改善していること。



男性不審もあるし、

女性不審も強かった。




2年くらい前から知ってる友人や知り合いには、本当に良くなったといわれるくらい。



まだまだ男性不信はある。



でも、女性不審は、もうほぼない。



2年かかったけど、

わたしはそもそも、女性の集団が苦手だった。




友達はたくさんいたけど、

いつもなんとなく1人ぼっちだったし、

特に学生までは、

「ペアやグループになってください。」と

いう授業のワークが嫌で仕方なかった。




わたしと組みたい人なんていない。

と考えていたから。

実際、クラスのお弁当のグループですら

友だちの話をあわせるのが苦痛だったし愛想笑いもうんざりした。




ただ、心底もう上手くいかなくて、

1人は嫌。なぜこんなに周りに連絡する人はいるのに、いつも誘ってもらえないんだろう。




って感じでした。




だから、東京で友だちを作りはじめたときに

知り合いになる友だちには、

もうそうゆう気持ちは

2度と繰り返えさないと決めたんです。



それには、まずは女性不審を克服しようと。



で、わたし、超がつくほど亀ペース。

さらに同じ言い訳や同じ失敗も、

びっくりするくらい何度も繰り返すし、

いまだに、

「ちょっと、この指摘、2年前にもされたし!!!」



くらいのレベルで繰り返す。



だから、SNSで会った子たちは、

自分の人生を一気に変える人たちが多くて。




単純に、「すごいなーー」って

思うんです。




わたしにはできないから笑笑



だから、周りは

「すごい人」だらけ。



だったら、もう、なんか、

そのすごい人たちに

教えてもらった方が早くないですか?



周りに頼ったほうがよくない?



だって、わたしにはできないし、

こんなにたくさん知ってる人いるんだし!




多分、前者の努力って、

「今ないものに対し穴を埋めること」が前提。



ダイエットもだけど、

彼に良くみせるだけのダイエットって

続かない。

別れたら暴飲暴食したり。




で、コンプレックスも似ていて、

コンプレックスを埋めるためにした努力を

褒められても、

何かどこか素直に喜べないんです。



だって、

「それがないわたしでも、

一緒にいてくれる?」って

いつもどこかで不安だから。



それに、埋めるために

何かを我慢してるから。



コンプレックスや

相手が求めてくれるだろうと、

期待されて、それを埋めることは、



それがなくなったら、

相手からみた自分の価値が

なくなってしまう気がするから。




だから周りと比較したり、

いつも争っている。



その作り込んだ価値が揺らいでしまうと

周りから必要とされなくなるかも。と、

不安だからイライラしてしまう。



それに、そういう価値の作り方だと、

周りは敵だから、



自分より頼れる人、

心から尊敬できる人がなかなかできにくいから。




だから、やめられないし、

やめることが怖い。





でも、後者は、

「周りはすごい人だらけ!」

前提だから、

何か、すでに自分が争っていること自体が

バカバカしくなる。




だからこそ、

マイペースにやれるし、

飽きることはないし、

その亀ペースだからこそできない人の

気持ちもわかるし、

求めたり期待しないから、

イライラしない。




余計なアドバイスなんてしなくても、

「自分もそうゆう時期あったしわかる。」と心底思うからこそ、

見守れるし、大丈夫だと心底感じるし、

愛おしくなるし、応援したくなる。



押し付けることもないから周りに

人も集まってきてくれる。




その方が、すっごく楽だし、

努力することを楽しめます。




だから、

もう何かを埋めるために努力をするのでなく、



相手のすごいところを見つけてしまった方が、いい意味で相手に降参できる。




そしたらすっごく楽だと思います。





周りが助けてくれるし、それを感じることにも敏感になりますから^ - ^




そしたら、苦手な人は自然に減っていくと思います。





ダイエットだって、

美味しいもん食べて、

毎日出勤時のウォーキングして、

すごいハマってるダンスやスポーツしている人は、

とても幸せで楽しそうだし、健康的^ ^




もし、コンプレックスを埋めることが

やめられなくて、

つらい人がいたら、



まずは埋める原因は何なんだろうと

根っこの部分を

見つめ直した方がはやいかもしれません。





まぁ、好みの問題ですが、

丁寧にコツコツ積み重ねるコツは、




まさしくまずは、周りの人のすごさに

気づくことかも知れません^ ^




そもそも、

なんでも上を見たらキリがないです。




それが努力をサボってるんじゃないかと

いわれても、まぁそれもそうかもな。

くらいです。



だって、

そもそも努力の程度だって個人差があるし、

それによって手に入れたいものなんて

みんな違って当たり前。




ただ、わたしは、

「もう埋めるための努力は一切しない」

と、決めるとゆうより、




なことは嫌と明確なだけです。

我慢するのは、もううんざりだから、

我慢しなくていい方法を考えるだけ。

辞書にあるような、

「ほねを折る」努力はしない。



何が自分にとって大切なのか?

が、明確になりつつあるからです。




いまだに仕事はイライラしますが、

今のわたしなら、大丈夫だと思う。

焦る必要はない。



だからこのまま、わたしはわたしのペースで

いい。


ではおやすみなさい^ ^