わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

うまくいかない人の理由

以前わたしは、何人か彼氏がいたことがあって、

 

それはなんでそんなことしていたかって、

ただ、「執着しないため」だった。

 

 

そのときは、彼氏が何人いたっていいじゃん。

って思ってた。

 

でも、彼氏が数人いたからって、

それが幸せかってそれは幸せじゃなかった。

 

 

わたしの場合は、

彼氏が数人いることで、1人にならなくていい安心感があったし、

孤独になる恐怖心を抑えるためだった。

あとは、周りにモテる自分であることを証明したかったんだとおもう。

 

 

でもさ、いずれにせよ、

これのどれもこれも、理由の全部が自分のため。で。

 

 

それは別にわるいことじゃないんだけれども、

それって、自分の「さみしい」とか、「こわい」とか、

「1人は嫌だ」とか、「周りからすごいって思われたい」とか。

 

 

そういう、自分の気持ちを埋めるために

男性を利用していたことと同じなんだと思う。

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ノウハウは確かに世の中にはたくさんあって、

それは、色々なできないことをできるのものにしてきた素晴らしい知恵だと思う。

 

 

でも、それは、裏を返せば、

相手を利用するものにもなりかねないってこと。

 

 

わたしの場合は、その自分のさみしさや怖さや孤独感を埋めるために

男性を利用していたのだと気づいた。

 

 

そりゃ相手のこと大事にしていないんだから、

どれだけたってもうまくいかないわな。

 

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だって、友達と遊ぶのに、寂しいから遊ぶとかないもん。

友達って、わたしの「もの」じゃないし、

ましてや寂しさを埋める道具でもない。

 

 

 

でも、それを男性にはしてたんだよね。

 

 

 

これって多分、仕事にも当てはまるだろうと思う。

 

 

患者さんに関しても、心から良くなってほしいと、

患者さんと接してきたときは、退院しても、患者さんが外来のときに

顔を出してくれるし、

 

 

 

逆に、なんかただ命を助けるためだけの「処置」をするときって、

どこかで、お金頂いている仕事だしそれをするのは当然と思ってやってるところがある。

 

 

そんな人に、多分誰からも看護なんてされたくないよ。

 

 

小児を担当していたころは、それが顕著に子供が看護師に対して敏感に感じ取るから、

ノウハウなんて全く役にたたなかった。

 

 

だって子供って本当に大人をよく見ているから。

 

 

 

でも、これ、逆にお客さんの立場からも言えることで。

 

 

わたしは、とっても信頼をおいている

小田桐あさぎさん

ameblo.jp

や、

双葉祥子さん

ameblo.jp

という起業家の2人は、

ずっとずっと大好きで大切な人たち。

 

 

 

それはなんでかって、彼女たちが、

わたしを「人」として、条件なく一緒にいようとしてくれるから。

 

 

 

つまり、お金を払ってくれてるから、わたしのお客さん。とか、

お客さん「だから」、対応をよくしよう。とか、

お金をずっと払ってくれるまで、よくしよう。とか、

 

そういうのがないから。

 

 

だから、お客さんを依存させない

つまり、あなたがいなければ私は幸せになれないって思わせない。ってこと。

 

 

 

病院だって同じ。

患者さんに

「ずっとお金払ってもらうために外来にきてください。

お薬たくさん出しますね。」

 

 

 

じゃなくて、本当は病院なんかにこないような生活を送ってほしい。

だから、予防医学が大事といわれている。

 

 

 

本来なくてもいいものであってほしいから。

 

 

 

あさぎさんや祥子さんは、

そういう点で、

「わたしたちがいなくても、いても、里奈さんは幸せになるよ」と

いつも支えてくれる。

 

 

 

見守ってくれる。

 

 

もし、わたしがあさぎさんや祥子さんに依存することがもしあったとしたら、

つまり、それは、彼女たちがいないとわたしは、幸せになれない状態で。

 

 

 

確かにお金は支払い続けるかもしれないけど、

ビジネスは成り立つかもしれないけど、

それってわたしの望む幸せのかたちじゃない。

 

 

だって、わたしが20年後もじぶんでじぶんを幸せにできていることが、

わたし自身のゴールだから。

 

 

 

じゃあ離れるときってどんなときかって、

きっと、もう自分は大丈夫と思えるとき。

 

 

 

依存してると、

「彼女の言ってることは、正しい!」とか

多分離れるときに、

色々してもらったのに申し訳ないとか、

色々な罪悪感とかがでる。

 

 

 

でもさ、

それって、ただの信者。

 

 

 

考えなんて違って当たり前だし、

その違い。

つまり、それは私はそう思わない。

とかを、

素直に話せないのは、

もうそこに上下関係が成り立っているわけで。

学校じゃないんだし、お互い人として、

尊重される存在が当たり前。

 

 

 

 

彼女たちはそんなことはしないので、

むしろ、わたしが1人でたてることを喜んでくれるひとたち。

罪悪感もない。

だって離れても、大丈夫って。

どこかでつながってる感覚があるから。

それは会う回数とか連絡の回数とかそんなもので測れないもの。

 

 

 

だから、離れても、もし、何か逆に相手がピンチのときも、

わたしに何かできることがあったら、できることがあればしたいって

心から感じるし、ずっと活動はうまくいってほしいと心から思える。

 

心が離れることはない。

 

 

でも、

もし、お金払ってくれる「から」とか

何かの「条件付き」で接しられたら、

 

 

それはわたしのことを「1人のひと」として、

大切に扱われていない感じがするし、

 

 

ただ自分のビジネスのために利用されているだけ。

と感じる。

 

それって、対仕事でも、

対男性でもおなじ。

 

 

わたし、それ男性にしてたんだなー。

 

条件つけてた。

年収とか、仕事とか、容姿とか。

それって、

自分がされて嫌なことなのに、相手には平気でしてた

 

 

すごく反省。

 

 

気づけてよかった。

 

でも、わたしは幸いにも、

心からわたしのことを「ひと」として尊重してくれる

人に出会えてよかったと思います。

 

 

 

 

彼女たちのお陰で、

わたしも、人を見守ることを学んだし、

ほんものの信頼をつくることを体感できたから。

 

 

 

 

そういう意味でやっぱり

自分自身の心を大切にしてこれからも人と付き合っていきたいなと思う(*^^*)