わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

セルフイメージよりも大切なこと。

セルフイメージが高いとか高くないとか以前こだわっていた自分が

すっごく恥ずかしいなと思った。

 

 

そもそもセルフイメージが高くなりたい!って思っている時点で、

セルフイメージがずっと低いです!!!

 

 

って公言してるのと一緒だし。

 

 

最近、もう結構セルフイメージ、低くて結構です。

って感じになってきた笑

 

低くても別にわたしの事をすきでいてくれる人はいるし、

その人たちを一生懸命増やす必要はない。

 

 

自然に集まってくるものだろうし、

そこに努力したい人がすればいいし、

とにかく自分には関係ないことなんだなーって最近思う。

 

 

投げやりになったみたいに見えてるんだろうなあ。

でも、そう思われても、結構どうでもいい笑

 

 

わたしの感情は私のものだし、別に誰に何と言われようが、

ふーん、あっそ。で?

って思う。

 

 

 

下山したとかしないとか、上がるとか上がらないとか、

興味ないし、

てゆうか、そもそも何を基準なんだろう。

下山の基準。誰か知ってたら教えてちょ。

 

 

 

人間落ちるときもあって当然だし、

どんなに自信がある人だって、

あきらめそうになったり、落ちることがあって当然だし。

 

 

ましてや「ずっと変わらないね」って

評価されてもほんとに余計なお世話である。

 

 

 

いい人ぶるのもしんどいし、

こうやって時々ゲスくなっていくけど、

これが本来のわたしなので、いま、超スッキリしている。

 

 

 

人のために何かすることも、

自分以外のことに今は正直時間割きたくないし、

とにかく、このネットの情報の多さから本気で離れないと、

インプット、アウトプットよりも何よりも、

 

 

誰かの考えや影響をうけることによって、

いいものを取り入れることと、影響を受けただけのことなのか

わからなくなる。

 

 

 

私個人は、

アドラーの7つの習慣よりも、あんま有名じゃないけど、

ロジャースの考えのほうが、

アドラーの強靭的な感じよりも、人間らしくて、とても好きだ。

kokoronotanken.jp

 

 

セルフイメージなんて変化する。

 

 

ありのままので「いい」「悪い」と白黒続けて、

心がそっちにとらわれ続けるあまり、

すっごくつらくなってしまうよりも、

 

 

自分はこういう考え方の癖があるし、

この考え方の癖と、ずっとこれからも付き合っていくんだ。

じぶんが感じている「劣等感」があることを認め、

付き合っていく覚悟を持つ方が何十倍も勇気がいるし、

セルフイメージうんぬんよりも、大事なことだと思う。

 

 

 

いつまでも劣等感から目を背けて自尊心を高くするのではなく、

劣等感をもって逃げているということを受け入れるだけでもかなり楽になる。

 

 

劣等感があって、逃げているからといって、

別に治す必要はないし、何か努力する必要もない。

 

 

きっと努力したくなったら何か考えるだろうし、

本気で何かを変えようと思ったときには、誰しも必ずじぶん自身で答えが出せる力を絶対に持っているから。

 

 

嫌われる勇気なんか持たなくてもね。

勝手にもつようになる。

 

 

劣等感を持っている自分を拒否し続けた結果、

劣等感を埋めるために、学び続けて、でも、ずっとずっと

足りない感をどこかで抱えながら、生きてきた。

 

 

正直、そのとき頑張っていた自分よりも、

今の自分のほうがずっと自分らしく自然。

 

 

昔のそんな自分が損したなあ・・・って思うし、

そうなってしまった事に対して、じぶんの弱さとかに情けないなとか、

正直、相手に対して怒りや、悲しみや、がっかりした。とかいう

感情もわく。

 

 

ただ、そこから学んだことは、

自分の心の底からお互いを尊重できるコミュニケーション能力を身につけたいなと思ったこと。

どこかで無意識に上下関係ができてしまった関係というのは、

上にたつ人はきっと、じぶんの意見を言いやすい環境だけど、

結局どこかで意見を曲げたり、劣等感を持ち続け、埋めるということは、

どうしても、上下関係に陥りやすいのだということがよくわかった。

 

 

遠回りはしたけど、身をもって学んだので、それでいいんだと自分を納得させるしかないし、そんだけ自分は何かにすがりたいくらい、助けてほしいってうまく言えなかったんだろう。

 

 

ただ1つ確信していえることは、ただただ本気でみんな自分の人生を生きているだけなんだろう。と。その中で違いがあっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

わたしは都会での消費・浪費に傾きがちな生活より、田舎で情報もあまりない場所で

伸びのび過ごしたい。それがわたしの夢。