わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

自分がいたくない場所からは、逃げるが勝ち。

威圧的な人がめんどくさくて、

どうしても避けられないのなら、うまくやろうとしているけどできなくって、

まじでそれが嫌で、

 

 

ついに理不尽な言葉に涙が出てきて、もうしょうがないので、

仕事、休みました。

 

 

でも、泣きまくって、ネガティブしまくったあとに思った。

 

うん、やっぱり逃げようって。

 

 

よく考えたら、そんな人たちに時間をもう奪われるのはいやだなーと。

 

 

わたしは看護の仕事が超好きで、

とにかく出世したいなんぞ一度も考えたことがない。

 

そんな出世のためのテストや研修をうけるくらいならば、

そのお金で、出たい看護セミナーでまくって、翌日仕事に生かすほうが

生きている心地MAXなのだ。

 

 

宇多田ヒカルとか、櫻井翔とか、吹石一恵とか、深キョンとか、

瑛太とか、小栗旬とか、藤原竜也とか、

 

そうそうたる芸能人が同じ年のわたしですが、

同じ年でこんなに人として魅力的な人たちをみていると刺激される。

 

 

 

結婚もしてないし、こどももいないけど、

やっぱり仕事するなら、どうせ仕事するなら、

一生懸命仕事したい。

 

でも、今の職場はかなわない。

 

大好きな仕事をしているのに、つらかったんですよ。

 

 

わたしが見直すべきところは、

人間関係やコミュニケーションではなく、

 

自分の仕事の熱意が活かせる場所だった。

 

 

熱量が違ったり向いている方向がズレている仲間といることは

結構きつい。

 

 

今の職場でも、学ぶことはたくさんあった。

いい意味で力を抜くこと。あきらめること。

相手の立場にたつということの本当の意味。

 

 

人として成長できた場所だと思う。

 

 

でも、やっぱ仕事が充実していないっていうのは

独身のわたしにとって、生きがいを奪われているようなもの。

 

 

ということで、

決めました。

 

 

今の場所から逃げることにしました。

 

 

今まで自分自身で決めたことで悪い方向に動いたことは一度もないので

きっと大丈夫。

 

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3週間前に研修で、

「あと余命半年ほどの自分に、天国にいった自分が、語りかけたとしたら、

どんなことをあなた自身に諭すでしょうか。」というものがありました。

 

 

 

わたしのしたいこと。

・大切な人たちにお礼を言うこと。

・家族ともしもの時の事を話あっておくこと。

・大好きな看護師の仕事で、行きたい分野に行き勉強すること。

 

2週間以内にできることは、「家族に連絡すること。」でした。

 

 

災害も重なり、家族に連絡もとれ、次回実家に帰った時に、

家族でもしもの時について話しあう方向になりました。

 

 

きっと余命数ヶ月と言われて、できること、したいことは、

旅行に行くとかより、もっともっと身近なものなのかもしれません。

 

 

当たり前のことに気づくことや、

家族や大切な人の時間を大切にすること。

その当たり前の今までの環境に感謝できること。

 

 

あくまでわたしの場合は、自分が大切にしたい人。

大切にしてもらった人に、一言心からお礼の言葉を言うこと。

 

 

きっとこれだと思う。

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ずっとずっと話していますが、わたしの大切にしていることは、

「感謝すること」ですので。

 

 

 

どんな形でも、頑張っても、同じ方向に向けない人たちもいましたが、

それでもやっぱり感謝はしています。

自分が未熟だったことから受け入れれなかったこともあるけど、

失ってから気づくものもあったし。

その人たちがいたからこそ気付ける、自分が大事にしたいものも見つかった。

 

 

 

譲れない自分の気持ちは大事にしつつ、あとは妥協できるところは妥協していく。

そのさじ加減が大事なんだと。

 

 

死ぬ時はあんなドラマみたいにしゃべれない。

意識がどんどんなくなっていき、呼吸をするので精一杯。

目の輝きももうほぼなくなってしまう。

会話は成り立たないことも。

そういう死の形がほとんどです。

 

 

こんなに死を身近にかんじているわたしでも、

結局どこか死ぬことは他人事のように感じてしまっているのです。

 

 

日常的に触れることで、感覚が麻痺しているとかそんなんではなく、

毎回、感じるんです。

絶対に生まれてきたら誰にでも避けれないもの。

慣れるというより、受け入れることができてきたのだと思います。

 

 

少なくとも私自身は、人の死ぬところをみて、何も感じないことはないです。

ただ、この人の人生はここで終わりだけど、どんな人生だったのだろうか。とか、

新人の頃は人が死ぬのは自分が至らなかったせいだとも感じて泣いたこともあります。

つらいのなら、事務的に処置しようと自分の感情をないものとして淡々と見送ってきたり。

 

 

でも、やっぱり、なんか違うんです。なんか違う。

共感しすぎると自分が保てなくなるので、今は、

目の前の人が自分の人生を終えたのだと。せめて自分たちができることは

ご遺体に話しかけながらお体をきれいにすること。

それが、自分ができる精一杯なんだと。

そう感じながら仕事をしています。

 

 

なので、いざ自分のこととなるとなかなか考えるのが難しいのですが、

少なくとも自分の人生を振り返る機会は他の仕事よりも多いので、

これからも立ち止まって考えていきたいなと思います。