わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

『自分が嫌い』って言った途端、楽になった。

先日、自分のことが嫌いって書いたけど、

それを公言したらとっても楽になった。

 

 

こんなこと、仲がいい人に言えばいいのかもしれないけど、

わたしは完璧主義で、ずっとずっと『いい人』だった。

それがやめれなかったし、うまくいかないと落ち込むし。

どこかいつも、自分でも気づかない間に、

自分の中に、『これはこう。』と枠を作ってしまってしんどかったけど、

実際は、自分の中に枠を作っていないと、

そこからはみ出ることの方が不安だったのだと思う。

 

 

 

いつもどこかで『幸せでいること=愛情もお金も体型も整っていてすべてがある状態』って思っていた。

でも、それが、どこかでそれが『幸せの条件』って思い込んでいる部分があったから、反発したり苦しかったのだと思う。

 

 

でも多分それは違って、そのために、

頑張ること=結果を出す=結果を出すために焦る。

となると、結局、結果に焦点があたってしまって、

今していることがつらくなってしまったり。

 

 

目の前の『食事をする』ということがストレスが大きすぎて、

楽しむものではなく、ストレスを解消するもの。になってきてしまったのだと思う。

 

 

けれどわたしは医療の世界にいていつも感じるのは、

自分の体っていうのは、誰1人例外なく、自分の体を守っているんですよね。

心がどうなろうとも、心臓は動こうとしてくれるし、

体の防御反応だって本当にじぶんの事を守ってくれている。

体は、『生きよう、生きよう』ってすごく健気に頑張っていてくれる。

 

 

 

だから、わたしの過食も、

体が素直になにかわたしを守ろうと頑張っていてくれているんだと思ったんです。

多分、本当にストレスだったんだろうな。

完璧主義が。

 

 

何かを『解消』したって、根本から『解決』しないと意味がないって思っていたし

うまくできないのは、現実から逃げているだけ。目をそらしているだけ。

できなければ、自分に甘いだけだ。

って、そう思っていた。

ほんとうに自分に厳しい。

 

 

そうやって、結局解決なんて、すっごく時間がかかるものだし、

問題にずっとずっと目を向けていれば苦しくなるに決まっている。

そんな頑張り続けていたら、心が苦しくなってもおかしくない。

 

 

いつも、知らない間に、今幸せか?

○、☓。で評価して、○だったらいいけど、☓ならば何か改善が必要だ・・・

って、それはきついきつい。

 

 

☓の自分を認めるとか認めないとか、○や☓をつけない。とかよりも、

そもそも、☓の自分だけでわたしは構成されているのではないってことで。

 

 

実際わたしはじぶんの体が好きじゃない。

でも、その体をすきじゃないって言える自分のことは好きだし、

見た目だけで私は構成されてなくて、あくまで見た目は、

わたしという要素の一部分だけなだけで。

これがすべてじゃない。

 

 

むしろ美味しそうに食事をするときの自分は好きだし、

それをみて目の前にいる人や、一緒に食事をしてくれる人が笑っているのを

みるのはとっても好き。

食べすぎちゃった!って言って、

好きな人と一緒に食事をする時間はわたしにとっては本当に幸せな時間なんです。

 

 

多分、そういうことなんだろうって思う。

 

 

嫌いな自分は好きにならなくてもいいし、目をそむけてもいいんじゃないかと

思う。好きにならない自分を無理やり好きになる必要もないし、

消す必要もないし、嫌いなら嫌い!で本当にそれでいいと思う。

嫌いだからって言って、わたしのコトを好きだった人が

離れていくこともあるかもしれないけれども、

それはそれで、悲しいよね。うん、寂しいしかなしい。

 

 

だけど、嫌いな自分を頑張って変えようとしていてもしていなくても、

きっと本当にわたしのことを好きな人は、どっちでも好きでいてくれるだろうし、

嫌いな自分を変えるのって、

きっと『誰か』からみての自分がいやなんだと思う。

 

 

わたしの体型の場合は、日本で太っている女の子って少ないし、

太っていることは恥ずかしいって思っているから。

だらしなく見えるし、そう評価されるから。

みんなと一緒がいい。って思ってた。

スタイルいい人って思われたいとか。

 

 

でもその、誰のためだかわからないような努力を続けていても、

多分、その『誰か』はそんなこと気にせず、自分の人生を楽しんでいるんだよね。

 

 

そう思ったら、自分は自分の大切って思えるひとと

楽しく過ごすだけでいいんじゃないかって。

 

 

 

だから、わたしは、嫌いな自分は嫌いなままでいい。

こうやって言える自分のほうが好きだから(^^)