わたしと、私。

日常生活の中で気づいたことを書いています。

きいてください。

この詩ご存知ですか?

 

 

 

『-私の話を聞いてください-』

私の話を聞いてください、と頼むと
あなたは助言を始めます。
私はそんなことを望んではいないのです。

私の話を聞いてください、と頼むと
あなたはその理由について話し始めます。
申し訳ないとは思いつつ、
私は不愉快になってしまいます。

私の話を聞いてください、と頼むと
あなたは何とかして私の悩みを
解決しなければならないという気になります。
おかしなことに、それは私の気持ちに
反するのです。

祈ることに慰めを見いだす人がいるのは
そのためでしょうか。
神は無言だからです。

助言したり、調整しようとはしません。
神は聞くだけで悩みの解決は自分に
まかせてくれます。

だからあなたもどうか
私の話を聞いてください。
話をしたかったら、私が話し終えるまで
少しだけ待ってください。
そうすれば私は必ずあなたの話に耳を傾けます。

 

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これ、ほんとそうだなーと思って。

本質をついてるなーって。

 

『きいてくださいよ!』って人の話をきくことになると、

 

 

間違いや、矛盾点を指摘したり、

アドバイスしたり、

正論言ってみたり、

自分の経験と重ねていつの間にか自分の話をしていたり。

 

 

そんなふうになっていませんか?

 

 

 

わたしは、

アドバイス上手な人よりも、聞き上手な人のほうが

とても幸せそうに感じるしみえるし、

なんかあったときに相談したいなって思えるのは

聞き上手な人が一番最初に思い浮かぶ。

 

 

なんでだろう。アドバイスは余計なお世話だと思っているからだろう。

人に話すことで、自分の考えが整理できること、たくさんあるしね。